サイトの更新中断のお知らせ

次世代の論客を応援するサイト「ジレンマ+」は、 この度、NHK出版Webサイトのリニューアルに伴い、 ひとまず、情報の更新を中断することになりました。 長いあいだご愛顧いただき、ありがとうございました。

2015.04.24
2013.04.17

いっしょに仕事をしたい仲間はいますか?:岩瀬大輔

ネット専業の新しい生命保険会社を起業した岩瀬大輔さん。独立系の生命保険会社に金融庁からの免許が下りたのは1934年以来、戦後初の快挙でした。2012年には株式上場も果たし、歴史の長い保険業界に新しい風を吹き込む岩瀬さんから、仕事と向き合う姿勢を学びます。

岩瀬 大輔 (イワセ・ダイスケ)

1976年生まれ。ライフネット生命保険株式会社代表取締役社長。東京大学法学部を卒業後、ボストン・コンサルティング・グループなどを経て、ハーバード経営大学院に留学。同校を日本人では4人目となる上位5%の成績で卒業(ベイカー・スカラー)。世界経済フォーラム(ダボス会議)「ヤング・グローバル・リーダーズ2010」。著書に『生命保険のカラクリ』(文春新書)、『入社1年目の教科書』(ダイヤモンド社)など。

神原 一光 (カンバラ・イッコウ)

1980年生まれ。NHK放送総局 大型企画開発センター ディレクター。主な担当番組に「NHKスペシャル」「週刊ニュース深読み」「しあわせニュース」「おやすみ日本 眠いいね!」。著書に『ピアニスト辻井伸行 奇跡の音色 ~恩師・川上昌裕との12年間の物語~』(アスコム)、最新刊は『会社にいやがれ!』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

“戦後初!“「ライフネット生命」はどうやってできたのか?

神原  本日の勉強会には、ライフネット生命保険の副社長でいらっしゃいます岩瀬大輔さんをお迎えしました。岩瀬さんといえば、『入社1年目の教科書』(ダイヤモンド社)『入社10年目の羅針盤』(PHP研究所)という仕事に関する著書があり大変人気です。また、本業では『生命保険のカラクリ』(文春新書)といった本も執筆され、保険業界に新たな風を吹かそうと取り組まれていらっしゃいます。このジセダイ勉強会もNHKに新たな風を吹かそうという理念で行っていますので、どこか共通する所が学べるのではないかと思いお呼びしました。今日は岩瀬さんがいかに風を巻き起こしたかについて、存分にお話し頂けたらうれしいです。よろしくお願いします。(拍手)

岩瀬  ご紹介ありがとうございます。よろしくお願い致します。それでは、かんたんにライフネット生命を起業することになった経緯をお話したいと思います。ハーバード大学に留学していた頃、僕は「ハーバード留学記」というブログを書いていました。ちょうど、卒業する半年ぐらい前に「ブログをずっと読んでいた」という、ある投資家の方に声をかけていただきました。初対面だったのですが、その方から「自分はベンチャー投資が天職だと思っている。若い人にお金を出してアドバイスをし、ビジネスをつくるのを応援するのが好きだ。君が起業するなら絶対にうまくいくから、何でもいいからやりなさい」と言われました。その頃は金融業界が絶頂期で就職口もたくさんありましたから、断ろうと思っていたのですが、その方から言われたあるひと言が人生を変える決め手になりました。

「せっかく一回きりしかない人生なのだから、自分にしかないユニークな個性とエッジを活かした生き方をするべきじゃないか。他の人に真似できない生き方をするべきじゃないか」。こう言われて「はっ」としました。もちろんそれまでも自分なりに人のできないことをやってきたつもりだったのですが、やはりどこかで見栄や欲があったのかもしれないなとそのとき初めて思いました。一回きりしかない、自分にしかできないことに挑戦すべきじゃないか。ああ、自分はこの人と何かをいっしょにやるのだなと予感し始めたのがそのときです。ちょうど同じ頃、ハーバード大学のキャンパスに「一回きりしかない、かけがえのない人生をどう過ごすのですか?」というポスターがペタペタと校内に貼られていました。これから卒業しようとする僕たちに対して、学校が挑発するように言葉を投げかけていたのです。投資家の方から言われた言葉と、大学からのメッセージがものすごくシンクロしました。

ただ、初対面でしたので、「ちょっと考えさせてください、時間をください」と言って、ボストンに帰ったのですが、翌月、すぐにその投資家の方がボストンまで機会をつくって会いに来てくれました。その熱意に感激しまして、「わかりました。やります」と起業を決意したのです。このときに投資家の方から”衝撃”といっていいほどの発表がありまして、「岩瀬君、いろいろ考えたけど、新しいビジネスをやるなら保険がいいと思う。決まりね」と言われました。その場で私の保険人生が決まったわけです。「保険業界は規模こそ大きいけど非効率な部分が多いし、イノベーションとも縁がない業界。金融は信頼や法律がすごく大事で、海外のノウハウも必要だから、君にピッタリだと思う」と言われました。さすがに自信のなかった私は「保険はいいですが、もし保険でビジネスをするなら僕は業界のことを何も知らないので、保険に詳しい人を紹介してください」とお願いし、そこで紹介されたのが日本一生命保険に詳しいおじさんでした。日本生命でずっと働いてきて、岩波書店から『生命保険入門』という本を出版している歩く生命保険百科事典みたいな人間。それがライフネット生命の現在の代表取締役社長である出口治明です。

「自分はゼロから新しい生命保険会社をつくりたい。新しい会社をつくって、業界に新しい風を吹き込み、活性化したい。それこそが自分にできる一番の恩返しだ」。そんな話を出口から聞きました。初めて聞いたときは「そんなことができるのか」と思いました。保険会社を自分でつくろうなんて、普通の人は思いませんよね。僕もそういう感じでした。「新しい生命保険の会社をつくろう」という発想自体が完全にコロンブスの卵です。考えもしなかったことでした。2006年4月の出会いから、もう7年になります。全部で八席ぐらいしかない、ベンチャー二社が同居する溜池山王の雑居ビルに居候させてもらいながら、始まった会社です。アイデアはすべて出口の頭のなかにあって、それを二人で形にしていきました。

投資家の方や出口と出会ってから二年弱で集めたお金が132億円です。出資してくれた会社には、みなさんもよく知っている会社がたくさんあると思います。売上ゼロの会社に、プレゼンテーション一つで132億円もの投資をしてもらったのです。これだけの資本金を集めたのはかなり珍しい出来事だったのかもしれません。僕はお金を集めるのが得意なのかもしれませんね。

神原  132億円…。聞いている私たちの方が唖然として声が出ず、どうリアクションをしたらいいかわかません(笑)。途方もない金額ですね。

岩瀬  独立系の生命保険会社に国から免許が出たことは1934年以来なく、開業時は記者会見もして華々しくスタートしました。NHKの朝のニュースでも取り上げていただきました。たくさんの人に注目をされるなかでスタートしまして、保険も安くていいものをつくったという自信もあったので、きっと申し込みも殺到するかなと思ったら、全然そうはなりませんでした。ネット広告、新聞、雑誌、交通広告と、あらゆる広告を試しましたが、何をやっても全然お客様が来ない日々が続きました。みなさんも保険会社のネット広告をクリックすることってそうそうないことだと思います。今となっては笑い話ですが、当時、原油価格の高騰に影響されてマグロの価格も高騰しており、「これだ!」と思い「マグロが食べたい、あなた」というネット広告を出しました。その結果、ものすごい数がクリックされたのですが、全然お客様になっていただけませんでした(笑)。もう必死だったわけです。出だしの調子が悪いと「ネット生保、苦戦」という見出しの記事が出るなど、新聞などのマスメディアも少しずつネガティブになり始めました。やはりネットで生命保険は売れないんじゃないか。そんなことがまことしやかに言われるようになり、社員もなんとなくザワザワとし、株主からも「話と全然違うじゃないか。大丈夫なのか」と言われて、非常にプレッシャーを受ける状況となりました。追い打ちをかけるように、競合の生命保険会社が値下げをして対抗してきました。とにかく苦しい時期が続いたというのが正直なところです。

ただ、がんばっているといいこともあるもので、あるときブラックボックスでタブーとされてきた「保険の原価」を開示したところ、話題のニュースとして取り上げられました。Yahoo!ニュースのトピックスで一番上になったり、少しづつ風向きが変わっていきました。ママ向けのマネー冊子をつくったり、ケータイから加入できるようにしたり、吉本の芸人さんとコラボしたり、生保と野菜のコラボをしてみたり、とにかくゲリラ戦だと思ってなんでもやりました。社長の出口は、とにかく会う人に「ライフネット生命をよろしく」とハガキを配りました。道端でティッシュ配りの人を見たら、逆にハガキを渡すのが出口です(笑)。とにかく必死になってなんでもやって、一つの目標としていた株式上場を2012年に果たしました。

仕事を選ぶときに大切な3つのこと

神原  岩瀬さんは、ハーバード経営大学院から、まったく経験がない生命保険業界へと挑戦されたわけですが、仕事を選ぶ上で、大切にしていることはどんなことですか?

岩瀬  振り返ってみると、仕事の選び方で、大切なことが三つあるのではないかと思います。一つは、「何をやるか」より「誰とやるか」です。何をやるかは実はどうでもいいことなのだということです。普通、文系の大学を出た人がする仕事は企画・営業・管理・生産などですが、こうした仕事はメーカーでもサービス業でもどの会社でもそれほど変わらないと思います。むしろ、「なんだかよくわからないけど、この人といっしょに仕事をしたい」というように、いい仲間と仕事をすることが大切なのではないかと思います。二つ目は、自分にしかできない「何か」です。せっかくやるならば自分にしかできない何かを形にすることが大切だということです。冒頭でお話したことです。コピーをとること一つとっても、誰がやるかによってまったく違います。雑な人、丁寧な人、頼んでもない資料をいっしょに合わせる人、シンプルな仕事ですら誰がやるかで全然変わります。自分が創造性を発揮する余地というのは、実はどんな仕事でもいくらでもあるのではないかと思います。三つ目は、社会に足跡を残す仕事です。何らかの形で社会に足跡を残すことが大切だということです。たとえば、学校の教師は嫌いだった人も含めて覚えているものですよね。人の人生に影響を与えるというのはすばらしい仕事だと思います。建築家、不動産会社だったらビルが建ち後世に残ります。そういった仕事を自分もできたらよいなと常々思っています。

神原  仕事は「何」より「誰」で選ぶ…。すばらしいお話をありがとうございます。会場からも質問を受け付けたいと思います。

Q:なぜ132億円もの投資を獲得できたのか?

Q:番組のディレクターをしています。番組をつくりながら思うのは、忙しいなかでもインプットをしていかないと、いいアウトプットができないということです。岩瀬さんもお忙しいと思うのですが、どのようにインプットされているのでしょうか?

岩瀬  経営者は実は情報のインプットに恵まれています。私も参加したことがあるダボス会議(編集注:毎年1月にスイスのダボスで開催する世界経済フォーラムの年次総会)もそうですが、カンファレンスへのお誘いがたくさんあります。先日も「G1サミット」という政治家や官僚、経営者や文化人、学者といった各界のリーダーが一堂に会する場所に行きました。二泊三日、泊まり込みで、朝から晩まで議論するんですね。私自身はそういったところに積極的に参加するようにしています。その上でインプットの方法についてですが、僕は何かの問題を掘り下げるときや物事の本質的な洞察を得るために必要な視点が二つあると考えています。一つは歴史をさかのぼることです。なぜ今、こうなっているのかを過去にさかのぼって今につなげるということがあると思います。もう一つはテーマを広げることです。どんなテーマでも、社会の世相を反映しているものだと思います。たとえば、保険を調べたら、保険を通じて日本の金融が発展する歴史を考えてみたり、公的な社会保障制度がどうなっているかを調べてみたりします。あるテーマを掘り下げて広げると、意外と世界は全部つながってリンクしているものだと思いますので、素材はいくらでもあると思います。

神原  具体的にはどのように掘り下げるのでしょうか。

岩瀬  たとえば、関係する本をドカーっと買ってきて読みます。そして、そのテーマに詳しい人に話を聞きに行きます。そうすると全体像が描けてきて、さらに詳しい人に本を薦めてもらうなどして深堀りしていきます。かんたんに言えば、本を大人買いして、いちばん詳しい人に話を聞いて、自分のなかでどんどん全体像を組み立てていくということです。

神原  そして、深く掘っていくと井戸のように横でつながっていると。よく、ある分野について思い切り考え、実践を繰り返していくと、本質的なところで他の分野との共通点に気づくことができると言われますね。

岩瀬  そういうイメージです。気をつけなければいけないのは、ただ一つの問題だけを深く掘ってはいけないということです。周りのことを浮かび上がらせなければいけないと思うんですね。英語で言うと「interconnectedness(相互関連性)」という言葉なのですが、相互につながっている事象をどう解きほぐすかが重要だと思います。一つの問題だけを掘り下げると、逆に本当の問題を見えにくくする気がします。たとえばサブプライム問題をわかりやすく表層的に言えば、銀行が稼ぎたいがためにどんどん収入の低い人にお金を貸していって、そのローンをまとめて投資家にバンバン売っていたら住宅バブルではじけたという構図です。でも、そこにはものすごく色々な要素が複雑にからみ合っています。一例を挙げれば、アメリカでは経済格差が広がっていたので、その不満をおさえるためにアメリカンドリームとして低所得者にも家が買えるようにする住宅政策がありました。単にグリーディーな(貪欲な)銀行家が仕掛けたというだけではなく、社会政策、世界の金融市場の動向、自由主義などのイデオロギー、格付け機関の役割など、世界のシステムそのものが複雑に入り乱れて起こった問題だということです。現在の世界は、どんな問題でも一つの断片を取り出して理解することはできません。すべてつながっているシステムのようになっているので、それをあぶり出す作業を楽しみながらするのがいいのではないでしょうか。

神原  たしかにそうですね。ありがとうございます。


Q:きょう聞いたお話のなかで一番驚いたのがプレゼンテーション一つで132億円もの投資を獲得したというお話でした。岩瀬さんは、そのお金を集める能力や源泉に何があると考えていますか?

岩瀬  大きく二つあると思います。理屈の世界と感情の世界だと思うんですよね。理屈の世界は、「投資」をお願いしているわけですから、投資にはリスクとリターンが当然ありますので、なぜこの投資がいいのかをきちんとロジカルに伝える必要があると思います。もう一つは感情の世界です。そうは言っても人間は感情の生き物なので、どうしてもこれがやりたいんだということを伝えなければいけないですよね。これを行うことが自分にとってだけではなく、社会にとってもいいことだと感じてもらうことが大事です。この二つが両輪だと思います。

神原  どのようにして、その二つにたどり着いたのでしょうか?

岩瀬  理屈の世界については、司法試験の勉強をしたのが良かったのではないかと思いました。僕は大学で司法試験の勉強をしており、在学中に司法試験に合格しているのですが、「司法」というのは3つの視点があります。あるときは弁護士として人を弁護し、あるときは検察官として人を糾弾し、あるときは裁判官としてその両方をジャッジします。司法試験を勉強することで、そうした相反する視点から物事を見る癖がつき、自分が相手だったらどう反応するかなというのを常に考えるようになりました。たとえば、この方はどういう投資を今までしてきて、どんな失敗をしてきたか、生命保険とどう関わりがあったか、社内ではどういう状況にいるのかなど、相手がどのような世界を見ているのかを想像するようにしています。その上で説明すると伝わりやすいですし、相手も説得しやすいのではないかと思いました。もう一つの感情の世界は経験ですね。とくかく楽しそうに話せば「なんだかわからないけど、こいつ楽しそうだな」とか、エネルギーが伝わります。また、何にでも通じる話ですが社会にとってなぜ大事なのかをきちんと伝えることも共感につながります。ちょっとだけ補足すると、ライフネット生命が大きな投資を獲得したことについては、僕一人ではなく全然違うタイプの社長の出口と二人だったことで、いろんな質問に対応できたことが大きかったなと思います。

Q:岩瀬さんは「何をやるかより誰とやるか」を大事にしてきたということですが、「起業して成功する」には、「何をやるか」を明確に持っていないといけないような気がしました。起業について、どのように考えていらっしゃいますか?

岩瀬  起業する人にはいろいろなパターンがあると思います。たとえば、何かをしたくて仕方がない人です。洋服が好きで好きで仕方ない、ラーメンが好きで好きで仕方なくて起業する人です。他にも、何をするかは決めていないけど、ベンチャー企業をとにかくつくりたいという人もいると思います。僕は何か特別なことがしたかったわけでも、ベンチャー起業をつくりたかったわけでもありません。とにかく、自分が本当に尊敬できて、いっしょに仕事をしたいという人たちに囲まれていることを大事にしています。結果的に起業という選択が良かったと思います。

神原  起業して何が一番よかったと思いましたか?

岩瀬  かんたんに言えば、ライフネット生命は出口と二人で始めた会社であり、僕が副社長なので、入ってくる社員を全員面接できるんですよ(笑)。どんな会社組織でも好きになれない人や苦手な人がいるものですが、ゼロから会社をつくり自分で仲間を選べるので結果的に自分がいっしょに仕事をしたいという人に囲まれる環境をつくれていると思います。「何をやるか」は後からついてきたのかもしれません。

神原  本日は岩瀬さんの起業経験を通じて、どのように仕事と向き合うべきかを考えさせて頂きました。ご著書を読ませていただいた際、自分の個性や特徴を磨くためには「What is your principle?」(あなたのプリンシプル<原理原則>は何か?)という問いを投げかけることが大事だということを読んだのですが、岩瀬さんは、まさにその揺るがない「プリンシプル」を持ち合わせていらっしゃる方だなと思いました。長時間にわたりお話いただき、本当にありがとうございました!

岩瀬  こちらこそ、ありがとうございました。

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