今、テレ東が面白い理由―低予算が生む違和感とガチ感:高橋弘樹
テレビ東京で数々の番組をヒットさせてきた高橋弘樹さん。なぜ、テレビ東京は低予算ながらも、視聴率が高く面白い番組を創りだすことができたのでしょうか。高橋さんと考えます。
高橋 弘樹 (タカハシ・ヒロキ)
テレビ東京制作局プロデューサー・ディレクター。1981年東京都生まれ。「TVチャンピオン」「空から日本を見てみよう」「世界ナゼそこに?日本人」ディレクター、「ジョージ・ポットマンの平成史」「家、ついて行ってイイですか?」「美しい人に怒られたい」「文豪の食彩」プロデューサー・演出。著書に「TVディレクターの演出術」(ちくま新書)、「ジョージ・ポットマンの平成史」(共著、大和書房)。
神原 一光 (カンバラ・イッコウ)
1980年生まれ。NHK放送総局 大型企画開発センター ディレクター。主な担当番組に「NHKスペシャル」「週刊ニュース深読み」「しあわせニュース」「おやすみ日本 眠いいね!」。著書に『ピアニスト辻井伸行 奇跡の音色 ~恩師・川上昌裕との12年間の物語~』(アスコム)、最新刊は『会社にいやがれ!』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。
神原 今日のゲストは、テレビ東京の高橋弘樹さんです。高橋さんは「空から日本を見てみよう」、「家、ついて行ってイイですか?」、「ジョージ・ポットマンの平成史」を手掛けてこられました。どれも僕は、元々好きな番組で、ひとりの視聴者としていいなと思っていたのですが「誰が作ったんだろう?」と、たどっていったら、すべて高橋さんが作ったもので驚きました。
高橋 ありがとうございます。本日はよろしくお願いします。
神原 特に「空から日本を見てみよう」。この番組を初めて見たとき、制作者として「やられた!」と心底悔しい思いをしたことを覚えています。
高橋 「空から日本を見てみよう」は、元々僕の上司が企画して、ディレクターとして立ち上げに関わらせてもらった番組です。内容は、「くもじい」と「くもみ」というキャラクターが日本全国を旅するだけ。約1時間の番組のうち半分ぐらいは、ずっと空から見た地上を映しています。テロップや地図も入れながら、日本全国の空を旅します。山手線の上を飛んでみたり、瀬戸内海の上を飛んでみたり。
神原 こういう番組は、今までありそうで無かった。
高橋 そうかもしれません。空から映像を撮るには、時間と手間がかかるんですよね。お金の問題もあります。実は、このあたりに、僕の番組づくりの秘訣が隠されています。
神原 面白そうな話です。それについて、どんどんお聞きしていきたいと思います。
「今すぐ」行くから面白い
高橋 「家、ついていってイイですか?」という番組、ご存知ですか。これは、夜中に駅前に張り込みをして、終電を逃した人に、「タクシー代を払うので、今すぐ家について行っていいですか?」と言う番組です。本当、1行で企画説明が終わっちゃいます。(笑)
神原 聞くところによると、視聴率もよかったとか。
高橋 この番組の価値は、やはり「今すぐ行く」というところにあるのだと思います。いわゆる「お宅訪問」の番組だと、事前にロケ日を伝えますよね。そうすると、みなさんキレイに片づけてしまう。片づけられていなくて、生活感のある家のほうが、その人の生き方や成り立ちが見えてきて面白いでしょう。だから、「絶対今すぐ」というルールを守っています。
神原 でも、「今すぐ家を見せてください」とお願いしても「OK」してくれる人なんて、めったにいないですよね。
高橋 ぜんぜんいません。とにかく声をかけ続けて、一晩に30人近く声をかけて結局、オンエアに至ったのは0人ということもよくありました。
神原 そうですよね。実は、NHKでも、ディレクターとして入って初期の頃に鍛えられるのが「ロケ」の力をつけることなんですよね。「ロケで、面白いものを撮ってくる」ということを徹底的に教えられますね。
高橋 そういう意味では、テレ東とNHKって、意外と共通点が多いですよね。テレ東はとにかく全体的にロケ主体の番組が多い。これは、予算が少ないからでもあるのですが…。ロケは、何が起こるかわからないから、見ている人も気になって、目が離せなくなるのだと思います。
20人で国会図書館にこもる
神原 なるほど。そういうロケに出会いたいですし、仕掛けていきたいですね。さて、次にご紹介いただくのが…。
高橋 はい。「ジョージ・ポットマンの平成史」です。
神原 これも僕、よく見ていました。
高橋 本当ですか、嬉しいなあ。ご存知ない方のために番組を説明すると、ヨークシャー州立大学というところに歴史学のジョージ・ポットマン教授という人がいるという設定で、平成の日本文化を研究していく、というものです。童貞の歴史とか、友達いないと不安史とか、ファミコン史とか、マンガの歴史とか、いろいろやりました。
神原 「童貞史」、面白かったです。どのように作っていったんですか?
高橋 「童貞の歴史」は、まずは万葉集にさかのぼって、そこから段々現代に近づいて紐解いていくんですが、平成に戻ってきて、現代社会で起きていることを調べていくと、「童貞を礼賛するような文化」だという見方ができることに気がつくんです。確かに、AKB48がミリオンセラーを出した曲の歌詞を分析すると、童貞の視点で書かれているように思えます。実際、童貞を奨励する風潮が生まれているのかもしません。メディアでは、95年前後から「オタク」がもてはやされ、2000年代前後にはアキバブームが来ました。それはなぜかというと、消費を牽引するのは誰か、という問題に行きつくと思うんですよ。
神原 なるほど。具体的には、どういうことですか?
高橋 消費を牽引していたのって、昔は恋愛だったんですよね。特にバブルの時代は、男も女も、モテたいという欲求のもとにお金を使っていた。だから、お金をかけていい車に乗ろうとか、ばっちり化粧していい服を着ようみたいな発想があったと思うんです。それが、景気が悪くなってきて、物にお金をかけない人の方が結婚相手にふさわしいし、派手に遊んでいると「すべってる」というような雰囲気が出てきた気がします。恋愛市場において、節約家のほうがモテる傾向になってきた、ということです。
それで困った企業が、次にどこに消費のターゲットを定めたかというと、恋愛に興味がなさそうな童貞さんたちになったんじゃないか。だから童貞を礼賛するんじゃないか、という仮説を、このジョージ・ポットマン教授が滔々と語っていくというような番組でした。
神原 仮説を立てて、根拠となる情報を集めていくわけですよね。雲のような情報をつかむような仕事で、特に取材がとても大変そうなんじゃないかと思ったのですが、これはどのようにして作っていったのですか?
高橋 普通、テレ東では、番組を作るときにリサーチャー(調査員)は2人くらいしか置かないんですが、「ジョージ・ポットマンの平成史」では、リサーチャーを20人に増やしました。僕やそのスタッフが、1週間くらいずっと国会図書館にこもって、ひたすら文献にあたっていきました。まず、とにかく沢山の情報を集めて、その中から変わっていたり、これは面白そうだなというエピソードを拾っていきました。そうすると番組の密度が上がって、いいものができあがるのだと思います。背景となる情報の量で勝負したという番組ですね。
神原 リサーチャー20人!驚きです。取材に思いっきりシフトしたんですね。すごい。さらに気になるのは、なぜこのような企画を通すことができたのでしょうか。テレビ東京も、多種多様なバラエティー番組もありますが、経済番組や報道番組も局の看板としてあることから、お堅い部分も少しあるということを聞いたことがあって…。
高橋 それは、やはり番組に大義名分があるかどうかにかかっていると思います。政治や経済の歴史というのはもう語り尽くされているんですけど、童貞の歴史って、なかなか語り尽くされていないテーマだったりする。けれども、そこにこそ何か人間の本質を考えることができるんじゃないか、と思って、それを上司に伝えて、理解してもらったおかげですね。
見過ごされがちな普通のことを主役に
神原 企画を「作る」力と「通す」力があってすごいなと素直に思います。やっぱり、高橋さんが手掛けた番組って、やはり少し独特というか、他とはちょっと違うところがあるんですよね。そこには何か秘訣やこだわりのようなものがあるのですか。
高橋 僕は、特別変わったことをしているわけではないと思うんですが、「お金の配分を変える」ということは意識しています。
神原 番組予算の配分ですか。
高橋 番組の予算は、ひとつの番組あたりいくら、と決まっています。僕は、その予算内で「何にいくら使うか」というバランスを普通ではなくするようにしています。たとえば「空から日本を見てみよう」だったら、タレントを一切画面に出さないで、その分、浮いた予算を「空撮」につぎ込みました。
神原 「空撮」というのは、ヘリコプターから地上を撮影する撮影方法ですが、聞くところによれば、分単位で料金が増えていくんですよね。だから、それだけで番組を作るとなると、ものすごい予算がかかる。でも、「空から」では、長時間カメラを回さないと撮れないような、ちょっとしたハプニングや、劇的な瞬間を捉えていて、本当にすごいなと。一体、何回飛ばしているんだと思いましたね。
高橋 そうなんですよ。ヘリで飛んで、不思議なものを見つけたら、カメラでズームインするのですが、ある時、神戸の鉄鋼所の上を飛んでいるときに、煮えたぎっている鍋が電車で運ばれていて。そこにズームインしたいんですが、それがなかなかうまくいかなくて、何往復もしたりしました。
神原 そういう、日本のどこかで日々起きている素朴なこと、普通のことに焦点を当ててみよう、っていう思いがあったんですね?
高橋 その思いは強いです。阪神工業地帯とか、多摩川の河岸段丘とか、普通のテレビでは扱わないことを番組の主役にしたいな、と思っています。
今のテレビ業界のキーワード「ガチ感」
神原 そういう意味では「ジョージ・ポットマンの平成史」も、基本タレントは出てこないですよね。
高橋 華やかな芸能人がズラッと並んでいるタイプのバラエティ番組って、僕自身も好きではあるんですけど、時と場合によっては、少しうるさく感じるかもしれない。元気なときには、キラキラした賑やかな番組も楽しめますけど、ちょっと落ち込んでる時とかは、そういうバラエティを見るのって厳しいと思うんですよ。決して多くはないかもしれないけれど、そういう人は必ずいるはずなんです。そういう人たちのために、ほかの民放がやらないことをやるというところに、テレ東の存在意義があると思います。
神原 そして、そういう「テレ東らしさ」の根底には、「予算の少なさ」を逆手に取るということが隠れている訳ですか…。
高橋 おっしゃるとおりです(笑)。今、「タレントを使わない」という話をしましたけど、「音楽を使わない」「ナレーションを使わない」というのも一回やりました。
神原 これは、バラエティでは、あんまり聞いたことがない手法ですよね。
高橋 はい。「家、ついて行ってイイですか?」では、番組の最後に流れる“Let it be”(ビートルズ)以外はほとんど使いません。まず音楽を使わないことで、すごく緊迫感が出てくるんです。深夜、他人の家に行くのって、ドキドキするじゃないですか。それを過剰に演出するんじゃなくて、あえてそのまま見せることで、視聴者の方もその場に居合わせているような気分になるんだと思います。
神原 予定調和じゃないぞ、という。
高橋 やはり、視聴者がみなテレビに慣れてしまっていて、これはどうせストーリーが用意されているんだろう、と見透かしているんだと思います。でも、音楽やナレーションを使わないことで、撮ったまま出している感じ、「何が起こるかわからないぞ」という感じを創出できる。この「ガチ感の創出」というのが、今のテレビ業界のキーワードのような気がしています。
神原 何が起こるかわからないぞ、といういわゆる「ガチ」な感じですね。それがあると、気になって、番組を見たくなる。ひいては、他にチャンネルを回せなくなる。
高橋 それと、音楽を外すことで映像に違和感が生まれるんですよね。ザッピングしているときに、ちょっと他とは違うぞ、と感じて目に止めてもらえるんです。
見たことのない番組を作るには
高橋 「家、ついて行ってイイですか?」では、音楽とナレーションで削ったお金を、取材ディレクターの量と取材日数を非常に増やすことにつぎ込みました。合計4回の放送で、15人ぐらいしかオンエアできなかったんですけど、2000人ぐらいひたすら声をかけました。
神原 「家、ついて行ってイイですか」でも、予算配分のバランスを極端にしていったんですね。
高橋 今まで企画をやってきた中で大きいなと思うのは、金のバランスを変えるということは、テレビ東京の番組作りの上で重要なことで、これがよくテレ東らしい、テレ東らしいと言わることの根本なのではないかなと思っています。簡単に言うと、何かを大胆に削って、何かを大胆に増やすということです。うちは予算が少ないので、やむにやまれぬ理由で出てきた手法なのですが、見たことない番組を作るためのヒントになるんじゃないかな、という気はしています。
神原 予算があると、豪華なセットを組んで、著名なタレントさんに出ていただいて、その結果同じような番組になってしまいがちだ、と。
高橋 テレ東はロケ好きというか、得意というか、それしかない。本当にお金がないから、セットを組めないんです。もうタレントが毎回来るたびにびっくりする。これでセットですか、みたいな。
神原 以前、テレ東とコラボ番組を作らせていただいた時(註:09年放送 NHK「パフォー」×テレビ東京「イツザイ」番組コラボスペシャル)に、御社におじゃまする機会があったのですが、玄関からスタジオまでが近くて、ちょっと驚きました(笑)
高橋 そう、すぐスタジオ。だからやっぱり、セットが要らないロケにしよう、となるんですよね。
神原 そういう意味では、NHKもロケ番組が多いのですが、高橋さんはNHKの番組をどう見ていらっしゃいますか?
高橋 NHKとテレ東とでは、ガチンコのロケでも、多少作り方の違いがあるのかなという気はします。例えば、以前「世界ナゼそこに!?日本人」という番組をやっていましたが、2週間のロケ中、僕は一日中カメラを回し続けていました。これ、手が非常に疲れるんですけど、非常に重要なことだと思います。なぜなら、ヤラセではなく、その国や取材対象の人を本当に良く表す出来事というのはいつも突発的に起こるからです。ペルーのスラムではいきなり銃で撃たれたり、イランでは、中央広場で昔日本でテレフォンカードを売っていたという大勢のイラン人が取材陣を囲んできて、いきなり日本語で話しかけられたり(笑)。だから、疲れるけどカメラを回し続けるというのはとても重要なことだと思う。でも、これカメラマンが自分じゃないと、何も無い時にまわし続けてって気まずくて頼みにくい。さらにもっと古い世代のカメラマンの方だと長くカメラを回すのは悪だという信念がある。これは、フィルムを使っていた時代の名残で、とても高価だったフィルムをムダに回すのは悪だったわけです。でも、いまは記録媒体も安いし、カメラも安価になった。だから、テレビのディレクターは、よりリアリティのある映像を撮ろうと思ったら、やはり自分でカメラを回すことが重要だと思います。
神原 ちょっと語弊を恐れずに言うと、多分ディレクターには、エゴみたいなのがあるわけですよ。僕たちの思い通りになってほしいというか。想定どおりになってほしいというような、思いがあるんですよね。これはある種の傲慢なんですが、やっぱり想定外のことが起きた瞬間に、編集をどうしよう、構成をどうしよう、と考え出してしまうところがあると思う。そうじゃない人もいっぱいいると思うんですけど。そういう想定外のことが起きたり、予定していた構成や取材では出てこなかった場面に遭遇したときに、瞬時に「おいしい!」「いける!」と思えるかどうか。このことに気付けるかというのは、ちょっとした意識の差だと思うんですけど、そういった瞬発力が、テレ東のロケ番組には、滲み出ているように思いますね。
高橋 テレ東の場合、多分ロケ行く人数も少なくて、カメラも安いカメラ発注したりしてたとえば、一日3万円くらいしかかかっていなかったりするから、失敗してもいいや、と思えるというところがあると思います。予算が低いなりの強気が、ある種の強みかもしれないですね。
笑いというオブラートにメッセージを包む
神原 番組作りにあたって、高橋さんの思いやポリシーがありましたら、聞かせてください。
高橋 番組を作っていく上で、これを視聴者に伝えたい、という思いって僕は非常に大事だなと思っています。「空から日本を見てみよう」だったら、忙しい現代の人たちに、空の映像で癒されてもらいたいなという気持ちを非常に大切にしていました。それから、バラエティを見ない人たちが見たくなるような番組を作りたいと思っています。ゴールデンとか、深夜に、自分自身が見たいと思うものがないんですよ。しっかりとしたドキュメンタリーも面白いんだけど、ちょっと気分をほぐしたいなと思った時に、見るものがない。
神原 高橋さんは、いい意味で、根がまじめというか…。
高橋 根暗ですから。僕自身の根本として、時代に対する批評性、みたいなものを常に持っていたいと思っています。たとえバラエティを作るときでも。まあ面白けりゃいいんだけど、笑いの中で核心を突いたことを言う。それがバラエティの妙味というか、意義だと思うんです。僕は、元々ドキュメンタリーとかニュースしか見ない人間なんです。バラエティの強みというのは、直接TPPが問題だとか、集団的自衛権が問題だとか言っても関心を抱かない人に対して、笑いというオブラートに包んで、ほんの少し核心を突いたメッセージを込めることができるということ。単純に面白いから、あとは何を伝えたいかという、この2点が重要なのかなと。
神原 高橋さんは企画作りの目線が、すごく素朴で平場なところから世の中を見ているんだな、と感じます。上から目線な感じは一切ない。どうやって、こうした平場の目線を鍛えているのかというのが気になります。普段、どんな本とか雑誌とか読んでいるんですか?
高橋 雑誌は、週刊も月刊も、ひと通り目を通しますね。女性誌も読みます。その日に発売された雑誌を、帰ってから家で読むのが習慣です。書籍だったらノンフィクションが多いかな。
神原 書店に行くときは、どこから見て回りますか?
高橋 まず新書からですね、僕。新書っていろんなものがあるから面白いです。仕事にも活かしやすそうだし。その次にノンフィクションの新刊ですかね。あとマンガも好きです。
神原 あ、それは、大体僕も同じです。つまり、高橋さんはわりと「普通な人」なんですよね、だから「変な人」が変なことやってるんじゃなくて、感覚的に普通な人が、まじめにやっている中から、変わった発想が生まれているということなんですね。ここは、本当に大事なことだと思います。
高橋 そうですね。要はテレ東のDNAの中で泳いでいるというだけですよ。
神原 今日は、ありがとうございました。