「1の変化を100回繰り返す」――社会を動かす署名サイト:ハリス鈴木絵美
「東京都議会“セクハラやじ”問題」「レスリング、五輪競技に復活」「目黒区議会、保育施設拡充を採択」……こうしたニュースの後押しとなったのが、ネット署名サイト「Change.org」。身近な困り事から国政レベルの社会問題まで、あらゆるテーマについて、ユーザーが自ら「キャンペーン」を立ち上げてネット上で賛同者を募り、決定権を持つ人々に届けることを通じて「変えたい」という思いを形にしています。196の国と地域、7000万人が利用している「Change.org」。日本版の代表・ハリス鈴木絵美さんと、社会を巻き込む方法について話し合います。
ハリス鈴木 絵美 (ハリス・スズキ・エミ)
1983年生まれ。Change.org日本代表。米国人の父と日本人の母の間に生まれ、高校卒業まで日本で育つ。米イェール大学卒業後はマッキンゼー&カンパニー、オバマ氏の選挙キャンペーンスタッフ、 ソーシャルインキュベーター企業Purposeの立ち上げなどを経て、2012年にChange.orgの日本代表に就任とともに帰国。共著に、『「社会を変える」のはじめかた 僕らがほしい未来を手にする6つの方法』(産学社)などがある。
神原 一光 (カンバラ・イッコウ)
1980年生まれ。NHK放送総局 大型企画開発センター ディレクター。主な担当番組に「NHKスペシャル」「週刊ニュース深読み」「しあわせニュース」「おやすみ日本 眠いいね!」。著書に『ピアニスト辻井伸行 奇跡の音色 ~恩師・川上昌裕との12年間の物語~』(アスコム)、最新刊は『会社にいやがれ!』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。
オバマの選挙キャンペーンと出会い、市民運動の世界へ
神原 本日の勉強会は、ネット署名サイト「Change.org」日本版の代表・ハリス鈴木絵美さんにお越しいただきました。よろしくお願いいたします。
ハリス鈴木 今日はよろしくお願いします。実は、人前で話すのがあんまり得意じゃなくて、いつもいろいろな方法を使って場を温めるんですが、ぜひアイスブレイク的なことをやりたいと思います。
まず、あまり面識がない人同士でペアを組んでください。そして、私が出す質問に対して、自己紹介も兼ねて答えてください。ペアは、90秒ずつでチェンジしていきます。お題は「日本で一番変えたいことは何?」です。さあ、やってみましょう!
ハリス鈴木 はい、では皆さんどんなことを話したんでしょうか?ぜひシェアしてくれますか。
「自転車の地位がすごく低いので、自動車優先の道路状況を変えたいです。今は歩道からも追い出され、車道でも厳しい状況が続いているので、自転車にもっと優しい日本になってほしい」。ということを話しました。
ハリス鈴木 ああ、なるほど。ニューヨークではバイクレーンとかが発展し始めています。日本でも、専用の場所がちゃんと設けられているといいですよね。それでは、もう一人聞いてみましょう。
「日本の男性がみな、女性に母性を求めるのをやめてほしい」。ということで盛り上がりました。
ハリス鈴木 ははは。いかがでしょう、神原さんは?
神原 ぼ、僕はそんなことないです(笑)。
でもやっぱり「彼女とか奥さんには料理を作ってほしい」「きれい好きでいてほしい」とか、「俺が仕事で疲れていたら洗濯などをやっておいてほしい」という感覚、絶対にあると思います。
ハリス鈴木 なるほど。皆さん参加していただいてありがとうございます。実は今、皆さんが話し合っていたような「何かを変えたい」と感じているような「もやもや感」を、もうちょっと形にして世の中に発信していこう、というのが「Change.org」というサイトなんです。
「Change.org」の話に入る前に、ちょっと私の自己紹介を。私は日本人の母とアメリカ人の父の間に生まれました。東京生まれ、東京育ちです。両親は、ともにバリバリのビジネス系の志向で、典型的な日本のミドルクラスの家庭の価値観、つまり成績がよければいい大学に入れる、いい大学に入れればいい就職先が見つかる、というような価値観でした。そんな家庭環境の中で育ちました。私自身、勉強が好きで成績も悪くなかったこともあり、あんまりそれに疑問を抱くこともなくずっと育ったんですね。そしてアメリカの大学に進学し、卒業後は、世界的マネジメントコンサルティング会社に入社しました。
神原 ものすごく順調に進んでいる人生、という感じですね。
ハリス鈴木 自分でもそう感じていたんです。ところが、仕事に就いた途端、体が全然もたない状況になってしまい、24歳でヘルニアになり、ほとんど歩けなくなってしまったんです。医師じゃ「このままだと、多分もう歩けない」と言われたほど重度の症状でした。これは自分の人生の中でもすごくショックな出来事で、トラウマとして残っている経験です。
アメリカでは、仕事を辞めてしまうと健康保険がなくなってしまいます。そのため、パートタイムで働かせてもらいながらリハビリをする、という生活を半年ほど続けましたが、次第に「このままこの会社にいてもいいのかな」という心境になりました。それまで自分が信じていた価値観や成功とは何だったのか、自分の考えていた幸せの定義といったものが実は根本的に間違っていたんじゃないか、といった不安に強くかられ、とにかく何でもよいから、他に信じるものが必要だと思うようになりました。
ちょうどその時、たまたま友達が、当時アメリカ大統領選挙に出馬していたバラク・オバマの講演に誘ってくれたんです。私は、それまで政治家のスピーチなんて一度も生で聞いたことなんてなかったし、政治はおもしろくないものと勝手に決めつけていたんですね。でも実際に講演に行ってみると、若い人が結構多くて、今後の未来のことを考えようという雰囲気もあり、カルチャー的な要素や音楽も入って楽しい、そんなイベントだったんです。そして、オバマは「アメリカという国はみんなで作っていくものだ。自分のキャンペーンの政策もみんなで作っていくし、このキャンペーンは私のものではなくて君たちのものなんだ」という、参加型のキャンペーンを強烈に呼びかけてきました。そのメッセージが、その時の私の不安な心の中にスッと入ってきたんです。
神原 それがきっかけで、オバマさんの選挙キャンペーンのボランティアに参加されたということなんですね。
ハリス鈴木 はい。その活動の中でおもしろかったのは、インターネットをフル活用して動員を図ったことでした。これは、アメリカ大統領選挙では、初のキャンペーンだったということで、私を含めて何百万人の若いアメリカ人が、サイトを通して、さまざまなイベントやボランティア活動にうまく投入されていきました。私はそのサイトの運営にも携わりましたから、インターネットの影響力や動員力って本当にすごいんだ、ということを肌で感じました。
会社は、ボランティアに入る時点で辞めました。選挙が終わった後も、ビジネスの世界には戻らず、3~4年ほど、ニューヨークを拠点にさまざまな市民運動に携わりました。その一方で、自分としては、日本人とアメリカ人、両方を持ったアイデンティティがあったのですが、どんどんアメリカ人のほうに染まっていいのだろうか、という危機感も募ってきたんです。次第に「日本に関連するプロジェクトに関わりたい」という思いが大きくなり、2年ほど前に「Change.org」の日本版を立ち上げに参加することをきっかけに、帰国したんです。
「100の変化を1回で」ではなく「1の変化を100回繰り返す」
神原 ハリスさんの中に芽生えた強烈な原体験が「Change.org」日本版の立ち上げに大きく影響しているということですね。サイトの概要についてぜひ、教えて下さい。
ハリス鈴木 「Change.org」が、署名サイトになったのは、南アフリカ共和国で立ち上がったあるキャンペーンがきっかけです。南アフリカでは、文化的な背景から、同性愛者の女性に対する性的虐待が頻繁にあるという社会問題がありました。これに反対するキャンペーンが「Change.org」で立ち上がると、わずか3週間ほどで17万もの署名が集まります。結果として、これが実際に南アフリカの政府を動かすということになりました。ネット署名にはかなりの影響力がある、ということに気づき、現在の形が広がっていくようになります。
「Change.org」の機能としては非常にシンプルです。キャンペーンを起こすには、3つの質問に答えれば、誰でも簡単に立ち上げられます。
① 「働きかけたい相手は誰なのか」。
まず、問題の解決を訴えたい相手を設定します。日本で“相手”と考えると、どんな対象が一番挙げられると思いますか?
神原 誰でしょう? 「お上意識」という言葉があるように、政府とかでしょうか?
ハリス鈴木 そうです。実は一番多いのは「総理大臣」宛です。でも宛先は政府だけには限りません。問題によっては、行政や企業も相手になりえます。たとえば、大学内の問題だったら大学の職員宛とかで結構なんです。日本ではまだ事例がありませんが、高校とか中学校などの問題だったら、生徒が教師に働きかけるのです。そういう展開ができるのです。
② 「働きかける相手に何を求めるのか」。
次に必要なのが、相手に何を求めるかということです。つまり、この法律を成立させてほしいとか、この条例を通してほしい、あるいはこの企業のCMを取り下げてほしいとか、求めることを明確な形で示してもらいます。
③ 「どうして、この課題が重要なのか」。
そして最後に、なぜこの課題が重要なのかを説明してもらいます。この説明に説得力があれば、多くの人の賛同を呼び、多くの署名を集めることができます。
この3つを短い文章でまとめて、写真を追加すると、パパッとキャンペーンを立ち上げることができます。審査も何もなく完全にオープンなので、皆さんが今この部屋から作ることもできます。内容についても、後から問題があればもちろん削除も可能ですが、立ち上げるときには審査は特に行っていません。
神原 3つのステップでキャンペーンを起こせるというのは魅力ですね。現在、どのくらいの人が「Change.org」を利用しているんですか?
ハリス鈴木 ユーザーは、世界中で7000万人。毎月2万件ほどのキャンペーンが発信されています。世界18の言語に対応しながら進めていて、アジアでは日本以外にも、タイとフィリピン、インドネシア、インド、韓国で活動しています。スタッフは全世界で180人。日本版は、私ともう1人のスタッフの2名だけで運営していますが、よそでも大体同じ体制です。
神原 わずか2人ですか…。収益はどのようなモデルで出しているんですか?
ハリス鈴木 ビジネスモデルはしっかり設計されています。「Change.org」の場合、ユーザーには社会的に意識が高い人、いろいろな社会問題に対して関心がある人、あるいはそういったコミュニティに参加しているような人たちが多いので、そこに情報を届けたいNPOや社会的なキャンペーンを運営している団体などに広告を出してもらい、クリックごとに少しずつ課金して収入を得る、という形をとっています。仕組みとしては、GoogleやFacebookなどのスポンサード・リンクと同じですね。
神原 広告収入でまかなっているということですね。しかし、どうして今、世界中で「Change.org」が広まっているのでしょうか。
ハリス鈴木 これは、エジプトで起こった「アラブの春」や、ニューヨークで巻き起こった「ウォール街を占拠せよ」といった社会運動がどうして盛り上がっていったかを考えると面白いと思います。まず、こうした運動は、インターネットを使って動員を呼び掛けているんですね。日本では、インターネットはどちらかといえば「情報発信」の場として認識されていることが多いと思うんですが、ネットの本当のポテンシャルは、「人を動員する」部分でなんだと思っているんです。さらに、ネットのすばらしい部分として、他の国で起きていることをすぐに知ることができ、その手法をすぐに応用することができる。なおかつそのツールが全部無料だから、さまざまな手法の実験ができる余地が今までよりずっと増えた。
神原 その流れの中で盛り上がってきた「Change.org」という訳ですね。インターネットを駆使することで、署名を集める時間や人出などのコストが大幅に削減されたということでしょうか。
ハリス鈴木 ええ。それに加えて、情報や問題に接することができる情報が増えることで、政治家や各界のリーダーに対する不信感なども、以前に比べてますます高まってきている。そういった複数の要因が関わりあった結果として、今、「Change.org」というプラットフォーム、あるいはこういった社会的な運動が盛んになっているんじゃないか、と私たちは分析しています。
神原 とはいえ同時に、社会というのは、よほどのことがない限りドラスティックには変わらないようにも思えます。とくに、成熟した社会だったり、国民の所得や情報の格差がそれほどないような国などでは、「革命」のようなものが、巻き起らないようにも思えます。その点に関しては、どう考えていますか?
ハリス鈴木 こうした意見はよく耳にしますので、ぜひお伝えしたいことがあります。「Chage.org」のキーアイデアです。「Change.org」では、社会を変えていくには「100の変化を1回で実現するのではなく、1の変化を100回繰り返す」ということを大切にしています。20世紀の社会運動というのは、1つの目的に向かって大勢の人が一斉に参加する、という特徴があったと思います。それに対して、現在は価値観が多様化し、それぞれにいろいろな意見が存在するようになりました。こうなると、国・政府といった大きな存在を動かすよりも、まず自分のコミュニティから変えていこうとうする。そのような個人の発信力が、すごく増してくるのではないかと感じています。もちろん、最終的には100の変化に到達することを目指しているんですが、まず身近なコミュニティから変えていくために、「Change.org」の署名などを通じて、ローカルなレベルからいろんな社会変革を促していく、そういうイメージを持っています。
署名は、身近な問題を変えていくためのツール
神原 「Change.org」日本版の立ち上げに際して、難しかった点はありますか?
ハリス鈴木 日本版の導入にあたって、不安要素はたくさんありました。まず、日本人の国民性として、あまり自分の意見を言いたがらないという所です。
「Change.org」は、要望を持っている側とその宛先との間に溝があって、それを埋めるためのキャンペーンを行うので、ある意味、対立を作るメディアだと言えます。でも、日本の文化はやはり、あまり対立を作らず曖昧さを好むのかもしれない、と感じました。また、政治の話をするとちょっと特別な目で見られてしまう。これは最近少し変わってきたかな、と感じるようになりましたが、立ち上げの時点ではやっぱりまだ根深くあったと思います。
あと、市民運動やデモなどの直接行動、あるいはそもそも「署名」に対してあんまりいい印象がない、「署名なんてして意味があるの?」という雰囲気を、特に若い人は感じているのではないでしょうか。
※出典:日本青少年研究所「中学生・高校生の生活と意識 調査報告書」2009年。図は高校生のデータを抜粋した。
ハリス鈴木 これは高校生を対象とした調査なんですが、「自分の個人としての力は、政府の決定に影響を与えられない」という意見に対する、日本、アメリカ、中国、韓国のデータをまとめたものです。ここでわかるように、日本の高校生は、自分の力を全然信じていない、自分の力で政府を変えられると一切思っていないんですよ。①と②を足すと8割くらいが全然思っていないという感じで、アメリカに比べると圧倒的にそう感じている高校生が多い。
神原 なるほど。ぱっと自分の身の回りを見渡しても、とくに不便さや不満を感じることなく生活できる環境にあるからでしょうかね…。それだけ日本は満たされているということなのか…。 ハリス鈴木 でも実は、日本では署名を通じていろいろな政策とか法案が通されているんですよね。ただ、それがマスメディアであまり報道されておらず、署名をした後の結果が、今までちゃんとフォローされていなかった、という部分もかなりあると思います。知らず知らずのうちに、少しずつ社会が変わっていっているという面があります。 神原 こうしたハリスさんの考えに対して、周囲の反応はどうでしたか? ハリス鈴木 「Change.org」日本版の立ち上げに当たって、その代表としてインタビューなどを受けたのですが、「そもそも日本人にこういうものはなじまないのでは?」「日本版を作っても日本人は使ってくれるのか?」といった、結構厳しい質問が寄せられました。「Change.org」のある他のアジアの国、インドネシアやフィリピンでは大規模なデモが比較的普通に行われていて、その成功体験も積み重ねられてきていますが、日本にはそういうものがないじゃないか、という不安みたいなものがあったのでしょう。でも私は、「まだわからない。やってみないとわからないけど、でも、やってみる価値はある」と考え、踏み込みました。 神原 ハリスさんが「Change.org」を日本で取り組む価値があると思えた“素地”は、一体どんなものだったのでしょうか。 ハリス鈴木 日本進出への後押しとなった要素はいくつかあったんです。一番大きかったのが2001年3月11日の東日本大震災以降の社会の変化です。この災害を機に、日本人の社会意識は大きく変わったと思います。政府や大規模なビジネスなどが実は社会の問題を解決しきれていないのに、それまで信頼し過ぎていたかもしれない、という不安が出てきたのだと思います。また、ちょうどその時期から、実名性が高いフェイスブックの普及が進み始めていたり、スマートフォンの普及率も高くなってきていたりと、ネットでのつながり方とかソーシャルメディアの活用法に関しては、よい方向性が見えてきていたように思います。 神原 どんなキャンペーンに注目や期待をしていますか? ハリス鈴木 政治的なアピールをするようなキャンペーンも少なくありませんが、私としては、ごく普通の人が気軽に、署名を1つの手段として何らかの意思を表わせる、ということがいいと思っています。
また「Change.org」は2012年7月にスタートしたのですが、幸いなことに、立ち上げた途端に大きな成功事例が「パーン!」と出てきたことも印象的でした。その年の8月に開催される、ロンドンオリンピック。男女のサッカー日本代表チームが同じ飛行機で移動していたのですが、女子のなでしこジャパンはエコノミークラスで、男子のサムライブルーはビジネスクラスだったんですね。すると、なでしこジャパンのファン2人が「それはおかしい!」とキャンペーンを立ち上げました。別に大それたことをリクエストしたのではなく、「帰りの飛行機はビジネスに」というキャンペーンだったんですが、2週間で2万人くらいの人たちが賛同しました。結果的に、なでしこジャパンが銀メダルを獲得したといいうことも大きかったと思うんですが、このキャンペーンもかなり大々的にメディアに取材され、なでしこジャパンのみなさんは、晴れてビジネスクラスで帰国、ということになりました。
このような事例もあり、「案外うまくいけるかも」という感じで好調なスタートを切ることができ、それから2年、数々のいろいろなキャンペーンを「Change.org」を通じて発信しています。
これはとても気に入っている成功事例なんですが、北海道大学では「ジンギスカン・パーティー」というのが文化として根付いていて、真冬でも外でみんなでジンギスカンをしていろいろな未来のことを語る、そんなことが何十年も繰り返されてきたそうです。それが昨冬、大学側が何の議論の場も設けず、一方的に「ジンギスカン・パーティーはNG」と言ってきた。それに対して、1人の学生が声を挙げた。「僕にとって、ジンギスカン・パーティーができない北大なんて北大じゃない」と(笑)。彼がジャーナリストの津田大介さんのメルマガで「Change.org」のことを知ってキャンペーンを立ち上げ、1000~1500人ぐらいの署名を集めました。それが北海道の地元メディアに広く報道されて、「ジンギスカン・パーティーで対立起こる」という感じでバーッと記事になり、結果として、パーティーができる施設が新たに設けられ、伝統のパーティーは大学に残ったということです。
まだまだ日本では多くはありませんが、こういう事例がもっと増えたらいいと思っています。政治的な問題に対してばかりじゃなくて、自分の身近な問題に対して、もっとみんなの力を集めよう、という発想。それを気楽に、ハードルが低い環境の中で集められるのがいいと思っています。
誰もが気軽に「社会を変えられる」社会に
神原 「Change.org」の日本版がスタートしてから2年ぐらいになります。現時点での手ごたえを聞かせてください。
ハリス鈴木 日本は署名サイトを普及させるためのマーケットとしては結構難しい、国民性としてもかなり難しい部分があるんじゃないか、といった不安要素はいろいろあったんですが、始めてみて、実は既に変化は感じています。始めたばかりの頃は、ネット署名、と言っても10人中9人は知らないくらいの状況だったのが、わずかこれだけの期間の間で、予想外の分野の人が知ってくれていたりするようになりました。だんだん浸透してきている、特にキャンペーンを発信することに対してのハードルがすごく下がってきているのではないかなと思っています。
神原 ユーザー層はどんな感じですか?
ハリス鈴木 男性の比率が多いですね。これはやはり現在の社会の権力関係が反映されている部分があると思いますし、政治的な問題に対して発言するのはまだまだ男性が多いことを反映していると思います。これは個人的な思いですが、女性と若い人からの発信をもっと後押ししていければと思っています。
神原 それはどうしてだと考えてますか?
ハリス鈴木 そうですね。「Change.org」のキャンペーンが、現時点ではやはり政治や国の政策に関わるものが多く、こういうテーマについてはまだまだ男性が中心になって議論していて、女性があんまり関与できていない、という感じがしています。去年「Change.org」のオフ会、ユーザー同士の集まりを開きました。1回目は「Change.org」全般について「今後どうやって日本を変えていきたいか」という話題で開催したのですが、その参加者は9割が男性だったんですね。メディアやネットがおもしろい、ということを熟知した上で「Change.org」がおもしろいと感じて、じゃあ参加してみよう、という人たちで、それは圧倒的に男性のほうが多いんですよね。
そこで、第2回のオフ会ではテーマ設定をガラリと変えて、「海外での動物愛護のキャンペーンの成功事例を素材に、日本ではどう使うことができるかを勉強しよう」というものにしたところ、今度は9割が女性だったんですよ。解決したい課題によってまだすごく偏りがありますよね。
神原 テーマ設定というか、問いを変えるということですね。問題設定力が問われますね。
ハリス鈴木 そうですね。「Change.org」のユーザーにいろいろなタイプの課題を提示して、「どういうキャンペーンに取り組んでほしいか?」と選んでもらうと、やはりトップに入るのは経済とか人権の問題が多く、例えばジェンダーの問題は本当に下位になってしまいます。おそらく「Change.org」のユーザーもまだかなり男性寄りですし、発起人になることの社会的なコストも、女性や若い人にとってはまだまだハードルが高いのかな、と思います。
神原 最後に、私たちメディアに望むことはありますか?
ハリス鈴木 メディアの方には、もっと「Change.org」のそれぞれのストーリーを積極的に見てもらえるとうれしいです。また、メディアとのパートナーシップが結構重要だと思っています。取材などで、「Change.org」日本版の目標についてよく訪ねられるのですが、もちろんユーザー数が伸びてくれることは、より多くのキャンペーンにもつながるのでうれしいことなんですが、もっと根本的な部分で、文化として、「人が社会を変えられる」ということが普通になってほしいんです。
ひとつ例を挙げると、今、世界の「Change.org」の中で、人口に占めるユーザー数の割合が最も高い国がスペインなんですね。国民の10人に1人が「Change.org」のユーザーに当たるほどです。そういう状況になると、どういう現象が起こると思いますか。
神原 どんなことが起こるんでしょう。
ハリス鈴木 テレビ番組で「Chande.org」のコーナーができるんです。スペインで一番視聴されている番組では、毎週、「Change.org」で最も盛り上がっているキャンペーンを20分かけて解説したり、そのキャンペーンの発信者をスタジオに呼んでインタビューして、番組の中で賛同を呼びかけるコーナーができました。しかもこれは夜8時台に放送されるプライムタイムの番組です。
神原 それは、すごい企画ですね…。
ハリス鈴木 こういうやり方はメディアとしてもすごくおもしろいと思うし、ごく普通の人のボトムアップなアジェンダが、普通にマスメディアのアジェンダとしても取り扱われている、ということが本当に素晴らしい。目指しているのは、きっとこういう現象だと思うんです。だから、NHKがそういう番組をいつ作ってくれるかはわかりませんが(笑)、ぜひ一緒にできれば素敵だなと思っています。
神原 「Change」という概念、変化という概念が、前面に出てこない日本でこういったことを盛り上げるとしたら、「変えたいこと」を募集するのではなく、「変えたくないこと」を募集するという問いの立て方があるんじゃないかと。日本人って、変えることより守りたいことを思い浮かべる方が早いんじゃないかと。その意味で「Change.org」じゃなくて、「Don’t Change.org」というサイト名にしたら、日本で爆発するんじゃないかって本気で思っています。たとえば、エイプリルフールとかに、1日限定でやるのはどうですか(笑)
ハリス鈴木 なるほど(笑)
神原 冗談のような話はさておき、今日は長時間にわたって「社会をどう動かすか」をお話いただき、ありがとうございました。勉強会に来た人たちの気持ちをほぐす「アイスブレイク」の手法、そして社会を変えていくためには、「100の変化を1回で実現するのではなく、1の変化を100回繰り返す」という考え方に、希望を持ちました。ハリスさん、今日はありがとうございました!