「人生をあきらめない」――ホームレスの人たちに、機会を:瀬名波雅子
瀬名波雅子さんは東日本大震災をきっかけに一般企業からNPO法人「ビッグイシュー基金」に転職し、ホームレス支援の現状と課題と日々向き合っています。「ビッグイシュー日本版」のミッションと取り組み、ホームレスを取り巻く社会状況について、瀬名波さんと考えます。
瀬名波 雅子 (セナハ・ノリコ)
1981年東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、金融系企業での勤務を経て11年8月より現職。「ビッグイシュー基金」では、ホームレスの方の自立応援プログラムや、社会的困難を抱える若者応援ネットワークの立ち上げ等に従事している。
神原 一光 (カンバラ・イッコウ)
1980年生まれ。NHK放送総局 大型企画開発センター ディレクター。主な担当番組に「NHKスペシャル」「週刊ニュース深読み」「しあわせニュース」「おやすみ日本 眠いいね!」。著書に『ピアニスト辻井伸行 奇跡の音色 ~恩師・川上昌裕との12年間の物語~』(アスコム)、最新刊は『会社にいやがれ!』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。
目に見えないホームレスが多い日本
神原 本日は、NPO法人「ビッグイシュー基金」の瀬名波雅子さんにお越しいただきました。よろしくお願いします。
瀬名波 まず簡単に自己紹介をさせていただきますね。私は1981年東京生まれで、ずっと東京で育ちました。旅とアルバイトに明け暮れた大学生活を終え、卒業後は一般企業に就職しましたが、同じ年に新卒で入社した身近な友人が就職先でうまくいかなくなり、家に引きこもるということがありました。全く外に出られず会社を辞めた友人を見て、家や金銭サポート含め、家族の支えがないと生活できない状態に、誰でも簡単に陥ることを痛感しました。
もともと海外の貧困問題に興味があったのですが、そんなとき、湯浅誠さんの『反貧困』を読んで、先進国といわれる日本にも貧困が深刻化いることを知り、貧困の広がりの一つの原因に自分の無関心もあったのではないかと思うようになりました。そんな中、2011年3月に東日本大震災が起こり、「いつ終わるかわからない人生。どうせなら、“こういう社会に生きたい”と思う社会づくりに関わろう」と思い、2011年8月にNPO法人ビッグイシュー基金に転職しました。
神原 「ビッグイシュー」は路上で売っているのを見かけたことがある方もいらっしゃると思いますが、ホームレス支援のために雑誌を発行されているんですよね。
瀬名波 よろしくお願いいたします。こちらの雑誌「ビッグイシュー」をご覧ください。ビッグイシューでは、「A hand up not a hand out」というメッセージを大切にしています。。これは「何かモノを与えるために手を差し出すのではなく、自分で立ち上がろうとする人に手を差し出そう」という意味で、イギリスでも使っているキャッチフレーズです。
神原 なるほど。もともとはイギリスで始まったものなんですか?
瀬名波 はい、「ビッグイシュー」はイギリスで1991年に発行が始まった雑誌です。
雑誌についての説明に入る前に、日本のホームレスの概況から説明したいと思います。厚生労働省が毎年発表している数字では、2013年、日本には8,265人のホームレスの方がいます。10年前は2万5,000人を超えていたので、実は数字上ではホームレスの人の数は年々減り続けています。数字上は10年で3分の1になりました。理由としては、2002年に「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」という法律ができ、十分とはいえないまでも少しずつ対策がすすんできたことが一つ。また、そもそも日本におけるホームレスの定義が「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」となっていますが、目視による調査から漏れる人が増えたのではないかと言われています。この調査では、主に昼間に調査員がホームレス状態だと判断した人を目視で数えていますので、たとえばネットカフェを転々としている人、24時間営業のマクドナルドで夜を明かしている人はカウントされていません。
神原 ということは、実数としては減っているように見えるけど、実態はあまり変わっていないということですか?
瀬名波 ホームレス状態の人=路上生活者と定義すると、その数は減っていると思います。ただ、ホームレス状態というのは路上生活だけではありません。安定した家がなく、転々と寝る場所を変えているようなホームレス状態の人たちの実数が誰にもわからない。若い人たちは特に、「自分がホームレス状態である」ということを知られたくないので、若いホームレスは路上にいない、炊き出しの列に並ばない、見た目ではわからないといった特徴あります。どこに、どれだけの人がいるのかわからない。ニーズがつかめない。そのことが、支援側が手を差しのべることも難しくしています。
海外のホームレスの定義を見てみましょう。たとえばイギリスでは占有することができる住居をもっていない場合、また28日以内に家を失う可能性がある場合、ホームレス状態にあると定義しています。「路上などで野宿生活をしている人」という日本の定義上のホームレスは英語ではラフスリーパー(rough sleeper)と呼ばれますが、イギリスにおけるラフスリーパーは2007年で1,768人という数字です。同じ年、イギリスのホームレスの定義に従うと日本では38万人がホームレス状態であると報告されています。
神原 そもそも、どのようにして「ホームレス状態」にまで追い込まれてしまうのでしょうか。
瀬名波 今も昔もやはり“失業”がいちばん大きな要因です。失業により、収入を失う。それをきっかけに家族関係が悪化したり、家賃が払えなくなり家を出る、貯金が底をついて路上に至るという人がほとんどです。階段をひとつずつ落ちるように、路上生活を送るようになってしまった人が、そこからまた元の生活に戻るときにはもう、ひとつずつ上がっていく階段はありません。すべてを失った人の前には、高い壁がそびえています。何もない状態から元の生活に戻るためのハードルは本当に高く、住所がなければ基本的に本人確認書類を持つことができませんので、登録が必要なものは一切できません。たとえば、銀行の口座、住民票などは作れませんし、履歴書に書く住所も連絡先もない、携帯電話も持てないのです。たとえ就職できたとしても、最初の給与までの生活費確保や、アパートに入る際の保証人確保、初期費用の捻出も大きなハードルです。
そのとき使える日本のセーフティーネットは基本的には生活保護だけになります。日本の公的セーフティーネットはバリエーションがなかなか少なく、これが大きな問題です。リーマンショック後、住宅手当などの第二のセーフティーネットが新設されましたが、雇用保険の失業等給付の拡充や、生活保護の手前にもっと多様なセーフティーネットがあれば、路上生活を送らずにすむ人もたくさんいるのだと思います。
少しデータを紹介していきたいと思います。まずビッグイシューのデータをご紹介すると、2009年、前年の秋に起きたリーマン・ショックの影響で大きな異変が起こりました。「ビッグイシューを売りたい」と販売者登録に来る人たちの年齢層が一気に若返ったのです。
瀬名波 リーマンショック直前の2008年7月から2010年7月の2年間で、東京事務所へビッグイシュー販売の登録に来た人の平均年齢は56歳から45歳へと11歳も下がっています。また、20代、30代の人たちがビッグイシューを訪れるようになり、2009年5月15日から8月末の間に販売登録をした人のうち20代〜40代の占める割合が70%を超えました。
もう一つ、生活保護の“捕捉率”と呼ばれる、生活保護基準以下の低所得世帯で実際に保護を受給している世帯数の割合をご紹介します。この数字は調査方法によってまちまちですが、2010年4月に厚生労働省が発表した数字では32.1%、つまり生活保護水準未満の収入や資産で暮らす世帯のうち、実際に保護を受けている割合が全体の約3割だと発表されています。
神原 もらえる権利があるのに受給しないことには、何か理由があるのでしょうか?取材などで「生活保護を受けるなんて恥だ」というような意識があるという声も聞きました。
瀬名波 そうした意識もあると思いますが、事情が勘案されず、年齢だけを見て「まだ働けるでしょう」などと、役所で申請が断られてしまうこともあります。これは違法な場合もあり、いわゆる水際作戦といわれる対応ですね。また、そもそも生活保護の受給要件もとても厳しいです。不動産や車を持っていたり生命保険の契約があると、原則、生活保護は受けられません。また、生活保護を申請すると「この人が生活保護を受けると言ってますが、あなたは本当にその人の面倒がみられないのですか?」という“扶養照会”が親族にいきます。親族や家族に自分の現状を知られたくない、または迷惑をかけたくないと、申請をためらう人も多くいます。
神原 なるほど。身内に知られるのが嫌だということですね。日本人はよく「社会ではなく、世間に生きている」と言われますが、ここにもそういった気質が滲み出ているんですね。
なぜ「ビッグイシュー日本版」表紙にレディ・ガガなのか?
瀬名波 さて、ここからビッグイシューのご紹介をしていきたいと思います。ビッグイシューはもともと、1991年にイギリス・ロンドンでスタートしました。創設者のジョン・バードは児童養護施設の出身で、窃盗の罪で刑務所の中にいたこともある人です。そうした経験から、ホームレスや社会の底にいる人たちにお金や物を与えるのではなく、チャンスを与える仕事を作りたいということでこの事業は始まりました。日本では2003年に代表である佐野章二と、共同代表で雑誌の編集長でもある水越洋子が有限会社ビッグイシュー日本を立ち上げ、「ビッグイシュー日本版」を創刊しました。
「ビッグイシュー日本版」のコンセプトをご紹介しますと、1つ目は世界のストリートペーパー・ネットワークで日本と世界をつなぐ国際雑誌です。世界41か国122誌を結ぶインターナショナル・ネットワーク・オブ・ストリートペーパー(INSP)という国際ネットワークがあり、資金不足に悩むストリートペーパーも多いため、記事や表紙、写真といったものをそのネットワークでシェアしています。2つ目は若い世代が生きやすい社会を作るための社会変革雑誌です。3つ目はセレブからホームレスまで多様な人生が展開する人間の雑誌。4つ目は意外性を楽しむポストエンターテインメント雑誌で、市民社会を創造するオピニオン誌として私たちは位置づけています。
神原 なるほど!だから海外の大物俳優・女優が表紙を飾るんですね。「どうしてかなぁ」といつも思っていました。
瀬名波 そうですね(笑)。レディ・ガガやダライ・ラマのように世界的に有名な人が登場すると、全世界のストリートペーパーがこぞって彼らを表紙に使うということもありました。もちろん、全部が共通ということではなく、各国ストリートペーパーはそれぞれ独立した組織ですので、表紙や記事の内容も独自に編集・制作をしています。日本版は日本で独自に制作をしていますので。日本人が表紙を飾ることもあるわけです。
神原 雑誌の販売はホームレスの人たちしかできないんですか?
瀬名波 はい。この雑誌はホームレスの人たちによる独占販売です。書店では扱っていません。ビッグイシュー日本の事業内容は大きく分けて2つで、まずは質の高い売れる雑誌を作ること。もう1つは、ホームレスの人たちが売り上げを伸ばし、路上生活を脱することができるようサポートすることです。
次に販売の仕組みを順番に説明しますね。まず「ビッグイシューを売って現金収入を得たい」というホームレスの方がビッグイシューを訪れます。本当に着の身着のままでいらっしゃる方が多いですので、まずは食事などを提供し、雑誌10冊を無料で提供します。1冊300円で10冊を完売すると販売者が3000円を手にすることができる、その3000円を元手に次からは一冊140円で雑誌を仕入れていただく仕組みです。雑誌1冊につき、販売者の利益は160円です。(※1)。バックナンバーを含め、どの号を何冊仕入れるか、何時から何時まで売るかなどはすべて販売者の裁量に任せています。
こうして雑誌を売るサイクルをまわすうちに食事や宿泊場所を手に入れ、少しずつ貯金をして、最終的には住居と住所を確保して定職を探すということが有限会社ビッグイシュー日本が描く自立のモデルです。
(※1)2014年4月より、雑誌の販売価格を350円に変更。販売者の利益は180円となります。
神原 平均的に一人あたりどれくらいの収入を得ているのでしょうか。
瀬名波 1か月の平均販売冊数は400冊弱ですので400✕160円=6万4000円、だいたい6、7万円の収入ですね。1日で大体20冊前後が売れる計算です。
神原 なるほど。そうやって少しずつ貯金をしていきビッグイシューを卒業していくわけですね。ホームレス状態を脱出する“階段”を登りきるのに、どれくらいの期間がかかるのでしょうか?目安などはありますか?
瀬名波 難しい質問ですね。ビッグイシューの販売登録に来て、ひと月続く人は本当に半分ぐらいになります。肉体的にも精神的にもきつい仕事です。どんな目標をもつか、また雑誌販売で得た収入を何に使うかによって、卒業までの期間は変わってきますね。
販売登録者数は2013年8月末時点で延べ1,500人弱です。そのうち他の仕事を見つけることができたり、住所を確保して販売を卒業された方が160人強で、約1割です。同時点の販売者数は全国16都道府県で138人、この138人が「ビッグイシュー日本版」を路上で販売しています。
ホームレスがサッカーをする理由とは?
神原 ここまでは、雑誌「ビッグイシュー」についてのお話でしたが、続いて、瀬名波さんが所属されている認定NPO法人「ビッグイシュー基金」の活動についても教えて下さい。
瀬名波 私が所属する認定NPO法人「ビッグイシュー基金」は、2003年に有限会社ビッグイシュー日本ができて、その後、2007年に発足しました。基金の役割は、「仕事をつくる」以外の部分でのホームレスの方々のサポ―トになります。有限会社ビッグイシュー日本のビジネスモデルだけではできないサポートを引き受けています。たとえばアパートをいっしょに探したり、ボランティア医師の協力のもと無料健康診断を行ったり、仲間づくりや生きがいにつながるクラブ活動など、販売者の生活全般のサポートを行うというコンセプトで立ち上がったのが、NPO法人ビッグイシュー基金です。
不景気が長引き、若いホームレスが増えるなどの社会状況もあり、ここ数年でビッグイシュー基金の役割もどんどん変わってきています。
神原 具体的な活動というのはどんなものですか?
瀬名波 たとえば当事者への情報提供として「路上脱出ガイド」という小冊子を2008年から路上生活の方々に配布しています。この小冊子は役割が広がりつつありまして、今では、刑務所にいらっしゃる方から送付希望のご連絡をいただいたり、図書館や炊き出しを行っている教会などの公共施設にも送っています。その他にも生活相談や健康診断、さらには就業応援も他のNPOとネットワークを組んで実施しています。
ユニークな取り組みとしてはスポーツ文化活動の応援事業がありまして、現在のビッグイシュー基金の大きな柱となっている事業です。
神原 え、スポーツ?どんなことをするんですか?
瀬名波 ホームレスの人たちが参加できるサッカーやコンテンポラリーダンス、バンドなどの活動を支援しています。たとえば、ホームレスワールドカップというサッカーのイベントが年に1回世界のどこかで開催されていて、日本も3回参加したことがありますが、その時に「そんなにお金があるんだったらホームレスの自立のために使えばいいのに」と言われたりするんですね。でも、私たちはスポーツ文化活動は生活を立て直すためにとても大事だと考えていて、なぜかというと、ホームレス状態に陥る過程で、人とのつながりが絶たれるという現状があります。安心して仲間を作れる場所、何者でもない自分が思い切り楽しめる場所というものがすごく大事で、そういう場所があると、厳しい状況下でも踏ん張れる力につながると感じています。ホームレスの方も、そうでない方も、誰でも来られる場所をつくるのがスポーツ文化活動の役割です。
神原 なるほど。スポーツは競技を通じてある種のコミュニティが出来るから、一種の社会が形成されると。そうすることで、人とのつながりを快復していくと。スポーツの力って大きいんですね。
瀬名波 そうですね。さらに「路上文学賞」という年に1回の文学賞もあるんです。こちらはホームレス状態にある人にしか応募資格がありません。クリエイティブでおもしろい作品がたくさん寄せられます。たまに絵や習字も送られてきます(笑)。こちらは年に1回応募作品をまとめた冊子を発行しています。その他、ビッグイシュー販売者やボランティア、スタッフが月に1回集まる定例サロンもあり、交流の場としての機能の他、販売者会議として会議形式で行うこともあります。ビッグイシューでの特に販売に関する大事な決め事は、販売者会議にかけて話し合いをして決定しています。
神原 なるほど、とっても興味深いです。先ほど、若いホームレスが増えているとおっしゃっていましたが、それについてはどのような活動をされているのでしょうか。
瀬名波 はい、今日お配りしている「若者ホームレス白書」はビッグイシュー基金は20代~30代の若いホームレスの人50人に聞き取り調査をした結果を冊子にしたものです(参考)。家族というセーフティーネットに頼れないためホームレス状態になってしまった人が多く、施設の出身者や、家族も貧困状態にあるという方もいました。その他にも、自己肯定感が低い、抑うつ傾向が強いなどの精神的不安定さがあり、障害、ニート、ひきこもりなどとホームレスの問題が地続きであることが調査結果からわかりました。
2009年から行っている若者ホームレス支援事業については、やはり予防を重視しています。特に若い人は住居を失う前、頼る人たちとのつながりがなくなってしまう前にどこかにつながっていればホームレスにならずに済むケースが多いからです。ビッグイシューだけではなかなか解決しない問題ですので、障害者支援団体、養護施設退所者の支援をするNPOなど他の団体と協力して、一緒に会議などを開いてきました。「ホームレスが若年化している」というよりも、困難や不利を抱える若者が簡単にホームレスになってしまう状況があると考えており、そこに歯止めをかけるためにネットワークをつくる事業を展開しています。
実際に住宅手当などについての政策提言もしております。たとえば、離職者や離職してから2年未満の人に家賃分の給付を3か月を原則として行うという“住宅支援給付”という第二のセーフティーネットがありますが、離職票がある人のみを対象にしていたり、入居のための初期費用の貸付の条件がとても厳しいので、ホームレス状態にある人たちには使いにくい制度となっています。日本には今空き家が750万戸以上あると言われている一方で、ホームレスの人たちは住宅がなく苦しむ状態が続いている。これをどうにか変えられないかと、今の“住宅支援給付”に代わる住宅政策を提案しています。 (参考)
2020年東京オリンピックをホームレス支援に活用する
神原 ありがとうございます。せっかくの機会ですから、ぜひ瀬名波さんの視点から、ホームレス問題に関して、僕たちメディアができること、メディアが伝えるべきことなど、ご提案などありましたら、ぜひお話しください。
瀬名波 ありがとうございます。4点あります。(1)「被支援者」ではなく「主体者」であるホームレスの人の姿、(2)「セーフティネットとしての住まい」という視点、(3)制度の狭間で、既存のサポートが受けられない人たちについて、(4)2020年東京オリンピック開催に向けて、の4点です。
まず「(1)『被支援者』ではなく『主体者』であるホームレスの人の姿」について。言い換えればメディアでの取り上げられ方についてですが、もう少し主体者としてのホームレスの姿を捉えていただきたいと思っています。先ほどご紹介したビッグイシューの販売者会議の話もそうですが、ビッグイシュー日本の事業はホームレスの方たちが雑誌を売らなければ会社がつぶれてしまいますので、ホームレスの方々をビジネス・パートナーと呼んでいます。ビッグイシュー基金でもサッカーやダンスの例があるように、私たちは支援者・被支援者という捉え方もしていませんし、彼らが主体者として参加できる場をつくることをしています。「問題の当事者が、問題解決の担い手になる」ことがとても大切だと考えているので、主体的に何かに取り組むホームレスの人たちの姿をぜひ映してほしいと思っています。
神原 施される側の人ではなく、自立した個人として社会復帰に向けて活動している姿ということですね。
瀬名波 そのとおりです。こちらから提供できるのはあくまで「機会」にすぎません。それらを活用して、主体的に人生を生きる人のことを、もっと知っていただければなと思っています。
次に「(2)『セーフティネットとしての住まい」という視点』です。日本は「家をもつことが甲斐性」とされ、持ち家政策がすすめられてきたので、セーフティーネットとしての住宅という視点が置き去りになりがちです。やはり住まいを含めた生活保障と仕事はセットで考えるべきで、仕事があっても路上から毎日通うのはやはり物理的に難しいですし、安定した住居がないと安心して就職活動ができません。日本の住宅政策は、生活困窮者の支援は厚生労働省、建物の管轄としては国土交通省で、その縦割りの弊害がよく指摘されています。こうした視点はホームレスを取り巻く問題の一つの切り口として提案させていただきました。
一方で住まいがあればいいわけではなく、人とのつながりも大事な要素だと思います。路上生活からアパートに入ったところ、路上での人とのつながりが失われて寂しくてアルコールやギャンブル依存が進んでしまい、再び路上に戻ってきてしまうというケースもあります。住む家があることはもちろんですが、やはり居場所づくりや、自尊感情といった気持ちの部分のサポートが必要だと思っています。
そして「(3)制度の狭間で、既存のサポートが受けられない人たちについて」。私は、既存のセーフティーネットの枠内に入れないボーダー層、具体的には知的障害が疑われる方々への対応について、課題があると感じています。日本の知的障害の方に発行される手帳、東京では「愛の手帳」ですが、基本的には18才未満の方が取得の対象となります。手帳があると障害者年金や一部の交通機関が無料になるなど種々の行政サービスを受けることができます。ビッグイシューの販売がしたいと来られる人の中には、知的障害が疑われる方がいらっしゃいますが、そうした方々の多くは手帳を持っていません。コミュニケーションがうまくとれない、理解力が低いなどの理由で一般の面接で落ち続けてしまうこともあり、そうしたことが続くと就職したいという意欲も削がれてしまいます。けれど18才を超えて手帳を取得することは制度上とても難しく、それまでに福祉につながらなかった人たちは完全に置き去りなんですね。じゃあ手帳が取れればいいのかといえばそれで全てうまくいくわけではありませんが、障害者手帳があることで障害者雇用枠内での採用の可能性が出てきます。一般的な認知は低いと思いますが、現場にいると制度の狭間で取り残されてしまった人が本当に多くいるのだと実感します。
最後に「(4)2020年東京オリンピック開催に向けて」です。ホームレス支援に関わる人たちからはオリンピックについて心配の声があがっています。オリンピックを理由に、東京でホームレスの人たちの排除が進むのではないかという懸念があるからです。もちろん私も同じ懸念はありますが、できるだけポジティブな提案をしていきたいと思っています。たとえばオリンピックに関連する雇用をホームレスの人たちに割り当てる、路上からの立退きを迫るのではなく、空き家を活用してホームレスの人たちが住めるようにするなど、政策をつくり活かしていくこともできるはずです。2004年度から2009年度にかけて東京都が実施した事業で、「ホームレス地域生活移行支援事業」というものがあります。都内の路上生活者を対象に、民間アパートを借り上げて2年間、月3,000円で提供するという事業で、2,000人近い人が利用したといわれています。仕事の提供や、NPOによるサポートもセットで行われ、8割を超える人がその後も一般住宅で生活を継続できるようになったそうです。オリンピックをきっかけに同じようなことが実現しないだろうかと思っています。
神原 ありがとうございます。来るべき2020年東京オリンピックは、スポーツだけでなく、東京の都市も変える大きな機会ですが、ぜひとも施設や設備といった「箱」だけではなくて、東京や日本が抱える社会問題の解決の道筋をつくるきっかけにもなってほしいと思います。
今日は、ホームレスを取り巻く社会状況、「ビッグイシュー日本版」と「ビッグイシュー基金」の取り組みについて意義あるお話をありがとうございました。