「どうして歳出減らせないの?」
――30代のための財政入門【7】
国の予算の4割が借金の元利払いという厳しい現実……。
家計ではありえない首の回らぬ借金暮らしですが、どうして「節約」できないんでしょうか? 引き続き法政大学の小黒一正先生に聞いてみましょう。
小黒 一正 (オグロ・カズマサ)
1974年生まれ。法政大学経済学部准教授。専門は公共経済学。京都大学理学部卒業後、一橋大学経済学研究科博士課程修了。大蔵省(現財務省)入省後、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て2013年より現職。財政、社会保障、世代間格差問題に関する研究と政策提言を続ける。著書に『アベノミクスでも消費税は25%を超える』(PHPビジネス新書)など。
―― 前回は、国の予算(一般会計と特別会計の歳出純計)は、実際には230兆円程度で、その4割の91兆円が国債費だというところまでお勉強いたしました。
今回は、たぶんみんなが思っているだろう「どうして国の予算は節約できないの?」という疑問を先生にぶつけてみたいと思います。
おさらいのために、本年度予算の内訳のグラフを再掲しましょう。
■増え続ける借金返済と社会保障費
―― まず、一番多いのが国債。これはいわば借金の返済分ですね。何度見てもぞっとするけど、それはさておき。
その次に多くを占めるのは「社会保障関係費」78.6兆円で、3割強ですが、これはどうですか?
小黒 Bの「社会保障関係費」というのは、年金・医療・介護・生活保護などの費用です。上の図表は、国の予算のみですが、地方公共団体の予算も含めると、社会保障費は約110兆円に達しています。
これを「社会保障給付費」といい、内訳は年金が約50兆円、医療が約35兆円、介護が約9兆円です。年金や医療・介護は高齢者の数が増えると増加する予算であり、社会保障給付費は減らせないどころか、ここ10年間、年平均で2.6兆円のペースで増え続けています。
―― 高齢化だから仕方ないのかもしれないですけど、そんな右肩上がりで、大丈夫なんですか?
小黒 いや、大丈夫じゃありません。でもここでその話をすると終わらないので今日はまず予算全体をみていきますね。
―― はい。
■地方への「仕送り」は微減傾向
小黒 社会保障関係費の次に多いのが、C「地方交付税交付金等」です。これは、家計でいえば田舎への仕送りにあたるといいました。地方交付税交付金は、国から地方への財政移転をいいます。これは使途が指定されません。
――いわゆる「補助金」ってやつですね。
小黒 いえ、補助金は使い方が指定されてるもので、地方交付税交付金は、先ほども言ったように、使い道は指定されていません。
―― というと?
小黒 地方の財政は地域間の格差が大きく、都市部のように自主財源(例:地方税収)が豊かな財政力の強い地方自治体が存在する一方、過疎地のように自主財源が少なくて財政力の弱い地方自治体も多いのが現状です。
このような状況で、地方自治体の標準的な行政サービスの水準を保障するには、その歳出の裏付けとなる地方税収の不足分をなんらかの形で補う必要があり、その機能を担うのが「地方交付税交付金」です。地方公共団体の総歳出の見込み額の約2割を占める財源です。
―― そうすると、だいたい行政サービスにかかるコストの5分の1は国のお金なんですね。
小黒 平成12年度の約21兆円から、最近の地方交付税交付金は約17兆円 まで削減してきています。個人的には、引き続き、一定の抑制(例:2-3兆円の削減)は可能とみていますが、大幅な削減は難しいのが現状です。
■財投は公共財の原資
―― Dの「財政投融資」って何ですか?
小黒 簡単にいうと、国が行う貸付の原資です。略して「財投」と呼んだりします。
空港、高速道路、都市再開発などの社会資本づくりは公共性が高く、大規模であるため、民間で資金調達を行う場合、将来収支の予測が難しいことから、リスクが高いですよね?
このため、財投の財源は財投債(見かけ上は国債と区別がつかない)などを発行して調達し、公共性の高いプロジェクトに利用されます。
財源は財投債がメインですから、当然に一定期間後の返済が貸付の条件ですが、民間では供給が難しい長期固定かつ低利の貸付などが可能であることがポイントです。
―― 貸してもらえるのは土木分野だけなんですか?
小黒 いえ、広く社会基盤に対して融資されており、貸付対象としては「中小企業・農林水産業」「教育・福祉・医療」「産業・研究開発」「国際金融・ODA」「地方公共団体」など様々な分野が存在します。
例えば「教育・福祉・医療」分野では、人材の育成や教育の機会均等を図るために学生等に対する奨学金の貸与事業をはじめ、少子高齢化に対する対応や医療体制の強化を図るために児童福祉施設、老人福祉施設や病院・診療所等の整備に利用されています。
―― なるほど……。そうやって聞いてみると、たしかに、あるとありがたいものにも思えるし、民間で肩代わりできない事業も多いですよね。
小黒 まあ、そうでないものもなくはないですけどね。
というわけで、B、C、Dでだいたい予算の半分ですね。
■教育費・科学振興費はけっこう少ない
―― E「その他」30.9兆円は、公共事業関係費7.1兆円、文教及び科学技術振興費5.6兆円、防衛関係費4.9兆円などから構成されています。公共事業費や文教費、防衛費もかなり国の根幹をなす事業だと思うのですが、「その他」に入れられているんですね。
小黒 はい、国の予算(一般会計と特別会計の歳出純計)約230兆円の13%程度に過ぎないんですよね。
―― 教育費については、先進国の中でもけっこう少ないといわれていますよね。 OECDの発表によると、財政支出の対GDP比は、加盟国中でも最下位で3.8%となっています(2013年度版)。
小黒 そうですね。でも、国の将来を担う次世代の教育や科学技術振興は大事です。
というのは、家計でもそうですが、稼いだお金の使い道は概ね2つあります。一つは「消費」で、もう一つは「投資」です。
豪華なレストランでの食事や海外旅行は「消費」に位置づけられ、株式投資を含む貯蓄や子供の教育費は「投資」に位置づけられます。国の場合、年金は「消費」、教育や科学技術振興は将来の日本の成長を担う投資といっても過言ではありません。
ですので、教育や科学技術振興をカットし、いまを楽しむ消費を拡充するのは愚の骨頂です。
―― そこは全面的に同意です。自分の家計でも、ついつい「消費」のウェイトが高くなる自戒を込めて。
小黒 他方、国防は十年以上同じ水準で維持してきており、東アジアでの地政学的リスクもありますから、防衛費は当然、全部カットというわけにはいきませんね。
■耐用年数を過ぎたインフラは50年計画で修復
―― それはそうですね。じゃあ、公共事業とかはどうでしょうか。もうあちこち開発し尽したのだから、公共事業費は税金のムダ遣いなのでは?
小黒 よくそう言われますが、既にある程度の社会資本が整備されているといっても、老朽化したインフラの維持・修復は必要です。
というのは、日本で本格的な公共インフラ整備がスタートしたのは、高度成長期を含む1950年-60年代です。鉄筋コンクリートの耐用年数がだいたい50年といわれていますから、2010年代は、いわばインフラの寿命です。じっさい、2010年代に入ってから老朽化が急速に顕在化していきます。
―― ああ! そういえばちょっと前に、トンネルの天井が落ちてくる事故がありましたね。
小黒 2012年12月に起きた「笹子トンネル」の崩落事故のことですね。1977年の開通から数えると、35年が経過していました。
もっとも、このような事故は日本が初めてではありません。例えば、アメリカも1980年代に公共インフラの老朽化に直面し、1983年にコネティカット州マイアナス橋が落橋する等の事故が起こっています。1920年-30年代のニューディール政策で構築された公共インフラの多くがその耐用年数を過ぎ、老朽化したからです。公共インフラの維持更新に関する問題は、現在のアメリカでも継続していますが、日本は20-30年遅れて直面しているというわけです。
―― なるほど。耐震工事などは日常的に目にしますけど、老朽化って、いつも使っているだけに、事の深刻さがあまりピンとこないのかも。
それにしても、全部いっぺんには修理できませんよね。
小黒 そうなんです。解決策としては、先進国の教訓や事例を参考にしつつ、公共インフラの維持更新をどのような戦略や基準で進めていく以外に方法はないように思います。ですが、それには、抑制対象となる地域の反発もあり、政治的な調整は容易でないはずです。
いずれにせよ、公共事業費(対GDP)は約3%で、これはOECD諸国の平均程度です。他方、老朽インフラの維持・更新の費用が莫大で、2011年度から 60年度において、公共インフラ・施設の維持管理・更新に必要な費用は約190兆円という推計もありますから、不断の見直しは必要ですが、公共事業費の大幅な削減は現実的でないと思われます。
■文教費、国防費、公共事業費を全部削ってもまだ借金返せない!
―― あと「その他」のなかにさらに「その他の事項経費」7.3兆円とありますが、このあたりは、中身がわからないのでちょっとモヤモヤしていますね。今年の秋にはさらに2%消費税を上げる決定が行われるともっぱらのウワサですよね。こまごま節約を積み上げたら1兆円、2兆円くらいなら減らせないのかと、庶民としてはどうしても思ってしまいます。
小黒 そうですね。その視点は重要で、公務員人件費、議員の歳費の効率化に限らず、行政一般の効率化、すなわちムダの削減に終わりはなく、不断の見なおしを続けていかなければならないでしょう。実際、政府は、最近の「行政事業レビュー」という事業の見直し・効率化の取り組みをはじめ、ムダの削減を常に行っています。
しかし、多くの人がイメージするほど日本の政府支出は水ぶくれしているわけではなく、社会保障以外の政策的歳出については、すでにかなりスリム化してきているのが現状です。
「ムダが多い」と言うのは簡単ですが、ムダと呼ばれているものが、じつは自分が日々使っている道路であったり、自分の子どもが通っている学校の先生の給料であるかもしれませんないのです。
なかには、だれの目にもムダな事業もあるでしょうが、そうした事業は金額的にはそう多くないのです。
―― たしかに、全体の割合としてはそれほど多くないというのは、逐一見ていかないとわからなかったですね。とにかく国債と社会保障が大きすぎるというのはよくわかりました。
小黒 前政権の民主党も、ムダの削減などにより16.8兆円を捻出するとマニフェストでうたいましたが、実際、ただちに壁につきあたり、鳴り物入りの事業仕分けでさえ、捻出できたのは数千億円にとどまっています。
「節約してよ!」という気持ちはたいへんよくわかるのですが、仮に「その他」の30.9兆円の「その他」を全て削減しても、40兆円近い借金を無くすことはできません。
―― じゃあ、どうしたらいいんですか???
小黒 兆円単位で歳出を削減するためには、社会保障費に手をつけるしかないのが現状です。
―― えー。でも社会保障って、私たちが国に頼れるものの、根本中の根本ですよねえ。 なんか不安だなあ。。。。
――――次回に続く
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