予算って何?(1)予算はどうつくる?――30代のための財政入門【4】
身近な関心事から「ニッポンの財政」に斬り込み、「世代間格差」是正の道を考える当連載。3月20日に新年度予算が成立したのを機に、小黒一正先生に「予算」について教えてもらいましょう。
小黒 一正 (オグロ・カズマサ)
1974年生まれ。法政大学経済学部准教授。専門は公共経済学。京都大学理学部卒業後、一橋大学経済学研究科博士課程修了。大蔵省(現財務省)入省後、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て2013年より現職。財政、社会保障、世代間格差問題に関する研究と政策提言を続ける。著書に『アベノミクスでも消費税は25%を超える』(PHPビジネス新書)など。
――「参議院で新年度予算が成立した」ってニュースでやってますけど、予算って、参議院で決めるんですか? 大蔵省じゃないんですね。
小黒 大蔵省って、いつの話ですか…。省庁再編で2001年から財務省ですよ。
予算は、内閣が閣議決定した予算案を、国会が議決して正式な予算が成立します。
国の収入は、大原則として国民の払う税金や保険料を財源としており、支出もまた、国民生活を守るために使われるので、予算については、国民を代表する国会で議決する必要があると、憲法(第83条)で定められているんですね。このように、議会を通じて国民が予算を統制する仕組みを「財政民主主義」といいます。
――なるほど。「ワシらが主権者で、ゼニ払ってんねんで」という心持ちが重要ってことですね。
小黒 そうですね。そもそも、憲法で毎年1回召集されることが決まっている通常国会(だいたい1月中旬に召集される)は、予算の議決が最重要課題なので、「予算国会」と呼ばれるくらいです。
はじめに政府方針ありき
――審議して承認するのが国会だっていうことはわかりましたが、そもそも予算案は誰がつくるんですか? あ、つくるのはやっぱり大蔵省でしょう?
小黒 だから財務省ですってば。昭和な人だなあ…。
「財務省が予算をつくるの?」という質問に対する答えは、イエスでもあり、ノーでもあります。
予算案を作成して議会に提出する「権限」があるのは内閣です。これも憲法(第73条)で定められています。予算というのは、国のお金をどう使うか、つまり財政の根本であり、予算を決めて執行する行政のトップは内閣ですからね。
でも現在、予算編成、つまり予算をつくる「事務」は財務省(主計局が中心)が担っています。
――たとえば2014年度の予算は95兆円で過去最大と報道で出ていますけど、予算をいくらくらいの規模にするかとか、その内訳をどうするかとかは、どうやって決めるんですか。
小黒 いま話しているのは、国の基本的な予算である「一般会計予算」についてですけど、まず最近は、財務省などと調整しつつ、内閣が予算編成の基本方針を決定するところからスタートします。
内閣や民間などのブレーンを集めた経済財政諮問会議で「経済財政運営の基本方針」、いわゆる「骨太の方針」を取りまとめ、閣議決定するという流れです。
――あれ? 「骨太の方針」って小泉首相の専売特許じゃなかったんですか?
小黒 民主党政権のあいだは中断していましたけど、自民党の政権復帰とともに復活していますよ。役人が調整しているうちに政策が「骨抜き」にされないように、構築された枠組みです。
2013年6月に発表された「骨太の方針」では、「デフレ脱却」「国土強靭化」などの政策の重点ポイントや、「民間需要や民間のイノベーションの誘発効果が高いもの、緊急性の高いもの、規制改革と一体として講じるものを重視する」などを予算編成の基本方針に盛り込んでいます。
「天井」を決めるのが財務省
――で、その方針に沿って、各省庁が「じゃあウチはこの目標を達成するためにこんな事業をやるからいくらつけてくれ」みたいに要求するんですか?
小黒 そんなに単純なボトムアップではないんです。基本方針を受けて財務省が各省庁にあらかじめ、予算要求額の上限を設けます。これを「概算要求基準」といいます。要求額の「天井」を定めるわけなので、英語で「天井」を意味する「シーリング」(Ceiling)とも呼ばれます。シーリングがないと、予算要求額はどんどん膨張しますから。
――じゃあ、やっぱり財務省が絶大な権限を持ってるんですね?
小黒 そこは微妙です。なぜなら、概算要求基準も閣議了解が必要ですからね。 で、その概算要求基準をふまえて、各省庁は予算の見積もりを財務省に提出します。これが「概算要求」です。
―― みんな、ちゃんと「天井」を突き抜けないように上限を守って要求するんですか?
小黒 いいえ。どこだって予算はほしいですから、それでも概算要求は膨らむのが常です。
ですから、ある意味ここからが予算編成の佳境といえます。
財務省は各省庁から概算要求についての詳細な説明を受け、査定作業を進め、折衝を重ねて予算の中身を固めていきます。
その際、水面下では、与党の有力議員などを巻き込んだ予算配分を巡る攻防が繰り広げられています。つまり、予算の分捕り合戦ですね。
調整、調整また調整の年度後半
――先生も財務省にいたんでしょう? どんな攻防があったんですか?
小黒 内部情報は国家公務員の守秘義務がありますので……。
ただ、最近では、医療の診療報酬改定を巡る攻防などが報道されていましたよね。診療報酬のプラス改定を求める厚生労働省や医療界が、与党の有力議員を巻き込み、それを阻止したい財務省と激しい攻防を繰り広げていました。
このような攻防を含め、予算編成の作業はだいたい9月から12月まで続きますが、それと並行して、財界や学者で構成される「財政制度等審議会」から「予算編成等に関する建議」が出されたり、政府の税制調査会の答申などが示されます。
また、経済財政諮問会議では予算編成の背景となる政権の政策やスタンス等を明らかにするために「予算編成の基本方針」を発表したり、増税や減税を含む税制改正についての政府法案の原案となる「税制改正大綱」をまとめたりします。
ここにいたってようやく、予算の輪郭が見えてくるわけですね。
――今年の「予算編成の基本方針」は、秋の消費税の増税決定や2020年の東京オリンピック開催決定などが反映されているほかは、6月に出された「骨太の方針」と大枠は変わってないですね。
小黒 そうですね。
そして大詰めは年末に
小黒 12月の中旬をすぎると、いよいよ政府による公式の経済見通しや財政等に対する政策運営の指針をまとめたものが発表されます。
内容は、「経済見通しと経済財政運営の基本的態度」の名称のとおり、直近2年間のGDPや失業率、消費者物価指数、貿易収支など各種の経済指標と政策をもとに立てられた翌年度の経済予測が、具体的な数値をもって示されます。
――「2014年度の国内総生産の実質成長率は 1.4%程度、名目成長率は3.3%程度」と明確に書かれていますね。
小黒 政権の財政政策のスタンスは歳出の伸びに影響を与えますし、経済成長率の予測は当然に税収の見積りに影響を及ぼします。
特に予算編成で重要となるのは税収の見積りです。税収の見積りが外れると、財政赤字や国債発行計画にも影響を及ぼすためです。お金を使う(=支出)のは簡単ですが、稼ぐ(=収入の確保)のは容易ではないですから。このため、これら予測は予算編成と密接な関係をもつんです。
――なるほど。
小黒 そして、予算の重要項目について財務省と各大臣との折衝(「大臣折衝」)を経た後、最終的な政府としての予算案を閣議決定する段取りとなっています。
――あっ、時々テレビなどに登場する「復活折衝」(概算要求した案件のうち財務省原案で落ちた項目を復活させるために大臣間で行う交渉)ですね。
小黒 違います。いまは「復活折衝」はないんです。単に「大臣折衝」といいます。
その理由は、財務省原案と呼ばれるものが今はなくなったからです。以前の自民党政権では、12月20日頃に「財務省原案」を各省に内示し、復活折衝を経て、若干の修正を行い、12月24日頃に政府の予算案を閣議決定するという段取りとなっていました。
つまり、復活折衝は、概算要求した案件のうち財務省原案で落ちた項目を復活させるための交渉を行うもので、事務折衝、次官折衝、大臣折衝というプロセスを経ていたんです。しかし、民主党政権では「財務省原案」自体が廃止されたため、復活折衝も無くなったわけです。これで予算編成はかなりスムーズになりました。
そして、現在の政権でも「財務省原案」は復活しておらず、予算の重要項目について大臣折衝(「復活折衝」ではなく、単なる「大臣折衝」)を経た後、最終的な政府としての予算案を閣議決定する段取りとなっているんですね。ですから、最近のニュース記事で、時々「復活折衝」という言葉が登場しますが、正確にはそれは間違いなんです。
「予算委員会」は予算だけを話し合うのではない
小黒 それで、年が明けて例年1月20日ごろ通常国会が召集されると、衆参両院の本会議で、首相の施政方針演説とともに、財務大臣が予算や財政運営の基本方針に関する説明を行います。で、まず衆議院、次いで参議院の予算委員会で審議されると。
――いやー、やっと国会に出されるところまできた……。聞いてるだけでも疲れました。
これだけ複雑だと、いくら国会に予算を決める権利があるといっても、国民が予算編成のプロセスとか中身についてチェックするのは至難の業ですねえ。
小黒 そうかもしれませんね。 そして、提出された予算をどんなふうに審議するかは、国会中継されています。
――先生に予算のことをいろいろ質問しようと思ってしばらく国会中継を見てたんですけど、安倍首相の歴史認識問題とか、あんまり予算に関係のなさそうな質問が続いていたので、途中でそれが「予算委員会」であることを忘れてしまいました。
小黒 予算委員会の初日には財務大臣が予算案の趣旨説明を行い、公聴会や分科会では個別の事業予算や制度改定について意見陳述や質問が行われますが、実際に予算案の内容が修正されることはほとんどありませんからね……。
――だからなのか……。私が見たときに映っていた議員さんがたまたま、とんちんかんな質問をしていたというわけじゃないんですね。
小黒ただ、予算は国政と密接にかかわるので、予算の中身だけでなく国政全体の重要課題が討論されるのはある意味当然かもしれませんね。 編成や審議のプロセスもわかりづらいかもしれませんが、予算そのものも複雑ですよ。
――げっ。なんかくじけそうになってきた…。
小黒 でも、税金を払っているのはわれわれ国民ですから、その中身もちゃんとチェックしないとね。
――そうでした、くじけてる場合ではありませんでした。では先生、次回は、肝心の本年度予算の中身を解説してください!
――――次回に続く
●本連載では、税金、年金、社会保障、財政にまつわる質問を募集しています。当サイト公式ツイッターアカウント @dilemmaplus あてに #zaiseiQ のハッシュタグをつけてツイートしてください。