消費税アップで暮らしはどう変わる?(2)ショック緩和に5.5兆円??――30代のための財政入門【2】
小黒 一正 (オグロ・カズマサ)
1974年生まれ。法政大学経済学部准教授。専門は公共経済学。京都大学理学部卒業後、一橋大学経済学研究科博士課程修了。大蔵省(現財務省)入省後、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て2013年より現職。財政、社会保障、世代間格差問題に関する研究と政策提言を続ける。著書に『アベノミクスでも消費税は25%を超える』(PHPビジネス新書)など。
身近な関心事から「ニッポンの財政」に斬り込み、「世代間格差」是正の道を考える新連載、2回目となる今回のテーマは、「消費税増税ショック対策」です。
■補正予算は「増税対策」
――今年4月から消費税が現行の5%から8%に上がるんですよね。冬物の最終処分バーゲンでも「4月から消費税上がっちゃうし、コートを買っておかなくっちゃ」とか言って、調子に乗って買いまくっている人がいましたよ。私じゃないですけど。
小黒 いわゆる「駆け込み需要」ですね。
――だけど、「せっかく景気が上向きになりそうなのに、消費税を上げたらみんなモノを買わなくなるじゃないか」という懸念も根強かったですよね。一時的に見たら駆け込みでモノが売れるように見えますけど、4月以降はどうなんですか?
小黒 消費税増税に伴って消費が手控えられることで景気が悪くなる可能性のことを、「腰折れリスク」と呼びますが、経済政策を策定する際には、こうしたリスクも当然織り込まれていますよ。
――2月6日に5.5兆円の「2013年度補正予算」が成立しました。これも「消費税増税対策」と言われていますが、そうなんですか? ていうか、「補正予算」って何かというところからよくわからないんですけど。
小黒 ものすごく大ざっぱにいうと、「予算」とは、国の収入と支出の計画 のことですよね。国の予算は4月の年度はじめから執行できるように、1月開会の通常国会で審議・採決されます。これを「本予算」といいます。つまり、本予算は、年金・医療や防衛費など公共サービスに毎年必要となる予算です。 ただ、会社でもそうだと思いますが、すべてが計画どおりにはいくわけではないので、緊急経済対策や震災への対応など状況に応じて本予算とは別に一時的な予算を組む必要がある局面が出てきます。これが「補正予算」です。2013年度の場合は、10月に消費税増税が決まったことを受けて増税ショックをやわらげるために補正予算が組まれました。
■5.5兆円の中身は?
――ショック緩和は歓迎ですけど、具体的にはどんな中身なんですか?
小黒 補正予算の内訳は、①「低所得世帯への現金給付(0.6兆円)」、②「震災復興・防災事業(3.1兆円)」、③「競争力強化策(1.4兆円。中小企業支援、交通インフラ整備、オリンピック開催に備える国立競技場の建て替えなど)」や⑥「高齢者・女性・若者向け施策(0.3兆円)」などです。
――あれ? 低所得世帯への現金給付で6000億円、高齢者・女性・若者向けで3000億円だと、合わせても1兆円弱ですよね? いわゆる「社会的弱者」対策に1兆円必要だとすると、あとの4兆円以上の予算がどう「増税ショック緩和」に必要なのか、ちょっとわかりません。
小黒 そうですね。今回の補正予算の規模(5.5兆円)は、増税ショック緩和を目的として、政治主導で「数字ありき」の形で決定しました。補正予算の具体的な中身を詰める前に、増税分3%のうち2%分に相当する予算規模とする方針を政治が先に決めたからです。現在、一般的には消費税1%アップで見込まれる税収は2.5兆円程度といわれています。つまり、増税の2%分は国民に還元しますよ、という政治的アピールです。
――えー。必要な事業から積み上げていって出た数字じゃないんだ……。
■7.5兆円の増税に対して、ショック対策は6兆円超
小黒 今回の補正予算の5.5兆円以外にも、昨年10月に発表された経済政策パッケージには、与党が同日に決定した「民間投資活性化等のための税制改正大綱」に関する約1兆円の投資減税等(「設備投資を促す法人減税(0.73兆円)」「所得拡大促進税制(0.16兆円)」「住宅ローン減税の拡充等」(0.11兆円)も盛り込まれていました。
――えー、増税対策の5.5兆円に、減税分の1兆円を入れたら6.5兆円じゃないですか。だいたい、消費税を3%上げて国に入る税収は、1%2.5兆円だとすると……。
小黒 約7.5兆円増の見込みですね。
――時期のずれはあるでしょうけれど、7.5兆円税収増としてその対策が6兆円以上って、素人目には、なんだかマッチポンプみたいにも見えちゃうんですけど……。
小黒 私は、補正予算は5.5兆円も必要ないと思っています。低所得世帯への現金給付(0.6兆円)や「住宅ローン減税の拡充等」(0.11兆円)などで十分です。 そもそも、消費増税が経済に及ぼす影響が大きく見えるのは、耐久消費財について、駆け込み需要とその反動で大幅な消費の落ち込みがあるためです。
――どうせいつか買うなら大きな買い物は消費税が上がる前に、ということで、増税前には家や車が売れるそうですね。そう思ったからといって、本当に買えちゃう頭金があるのがすごいなと思うけど……。
小黒 ですが、駆け込み需要と反動減は概ね相殺するため、その変動を均してしまえば何も問題ないのです。
――そっか。「いつか買うもの」なんだから、いずれは消費するものをちょっと前倒しにしただけですもんね。
■97年橋本内閣「増税→大敗」のトラウマ
――とはいえ、見た目の影響が大きいと、政権としては支持率が気になりますね。1989年に竹下内閣が消費税を導入した時(3%)も大もめでしたし、97年に消費税率が3%から5%に引き上げられたときには、その後の参院選で自民党が大敗して、橋本総理大臣がその責任をとって辞めました。
小黒 そうですね。ただ、「実質GDP成長率」でみると、消費増税のショックは一時的なもので、その後回復はしているんですよ。 まず、1989年の消費税導入時では、増税前の88-89年で、実質成長率は7.2%(88年)→5.4%(89年)と一時的に低下しているものの、増税後の90年には5.6%に上昇しています。 他方、1997年増税前後の3年間で、実質成長率は2.6%(96年)→1.6%(97年)→▲2%(98年)と推移し、一貫して低下してしまいました。
ですが、97-98年の景気後退は特殊要因です。アジア通貨危機(97年7 月)や金融危機(同年11 月)という大きなショックに日本経済が見舞われ、不良債権処理や貸し渋りの影響が出始めていました。 一般的には、こうした異常な時期に増税をしてしまったことが経済を低迷させたと言われています。しかし、実際の97年の経済指標(四半期データ)をみると、97年7-9月期には消費は回復しているんです。
このことから、4月に増税した消費税の直接ショックより、金融危機などの影響が大きかったのではないかと考えられます。 ですから、消費増税のショックは、本当は一時的な現象に過ぎないのです。
でも、政府・与党としては、97年の「トラウマ」があり、今回の消費増税のショックを可能な限り緩和するため、5.5兆円もの補正予算を打ったのではないかと思われます。
■3ヶ月でショックから立ち直れるか
――景気をよくするはずの「アベノミクス」の矢が折れては大変というところでしょうか。いまのお話でいくと、4月に増税した場合、その影響は4月―6月の第一四半期に出てくるわけですね。2月に補正予算を打って、間に合うんですか?
小黒 それはよい質問です。通常、補正予算に盛り込まれた公共事業の約7割を実施するのに約6か月はかかります。その場合、消費増税の影響が出てくる4-6月に間に合わないことになります。 このため、いま財務省では、5.5兆円の補正予算のうち7割を6月末まで、9割を9月末までに執行する「数値目標」を掲げ、予算消化に努力するつもりです。
――「消化」って……。
小黒 官僚の世界では「消化」っていうんですよ。こうした経済対策の効果が出てくれば、家計への影響も含め、7月以降に景気動向が回復してくる可能性が高いといわれています。 実際、みずほ総合研究所などの予測でも、増税直後の2014年4―6月期は一時的にマイナス成長に陥るものの、景気後退には至らず、日本経済は再び回復軌道に戻るとの見通しも多いんですよ。
――そんなにうまくいくんですかねえ……。 ところで「1兆円の投資減税」というのは、投資家向けのものなんですか? 30代一般サラリーマンにはあんまり関係ないようにも思えます。
小黒 一見そう見えますが、サラリーマンに恩恵を与える可能性もあります。例えば、もともと、ある企業が一定の設備投資を行い、その関連で数億円の税金を支払う予定であったとします。このような企業に減税を行うと、その減税分が賃金上昇という形でサラリーマンに恩恵を与える可能性もあるためです。
――ああ。そういえば安倍首相は、「成長戦略のために法人税を下げるけど、働いている人の給料も上げなさいよ」って言ってましたね。本当に企業がそうするかどうかはわかりませんけど。
小黒 そうですね。減税分が株主配当として投資家に恩恵を与える可能性や、企業が将来の競争や投資に備えて内部留保に回してしまう可能性もあります。その場合、サラリーマンへの恩恵は薄れてしまうかもしれないですね。経済学では、このような問題を「課税(減税を含む)の帰着問題」といいます。
――税金を上げたり、軽減したりした結果が、誰にどんな影響を与えるのかということですね。それは、いちばん知りたいところでもありますが、やってみなくちゃ分からんところも多いでしょうね。
小黒 その通りです。なお、消費増税で駆け込み需要と反動減が起こる理由は、住宅や自動車などの耐久消費財に対する課税方式と関係しています。実は、この課税方式を改めることで、消費増税が経済にもたらす影響をかなり緩和できるのですが、それは次回お話することにしましょう。
――はい!よろしくお願いします。
――次回につづく
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