【新連載 第1回】消費税アップで暮らしはどう変わる?(1)――30代のための財政入門【1】
長年、先送りにされてきた社会保障費の削減。「このままだと財政は破綻する」といわれながらも、なぜ改革は進まないのか。そもそも「財政が破綻する」ってどういうこと? 若い世代は何をどう頑張ってもソンするのは確定なのか――。 身近な関心事から「ニッポンの財政」に斬り込み、「世代間格差」是正の道を考える新連載、スタートです!
小黒 一正 (オグロ・カズマサ)
1974年生まれ。法政大学経済学部准教授。専門は公共経済学。京都大学理学部卒業後、一橋大学経済学研究科博士課程修了。大蔵省(現財務省)入省後、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て2013年より現職。財政、社会保障、世代間格差問題に関する研究と政策提言を続ける。著書に『アベノミクスでも消費税は25%を超える』(PHPビジネス新書)など。
■消費税増税目前!
年度替りを目前に、国会では予算委員会の真っ盛り。みなさんはアベノミクス効果を実感していますか?株価は上がりましたが、家計ではまだまだ効果が実感できないという声も多いようです。
そんななか、4月には消費税率が5%から8%に引き上げられるのはご存知のとおり。3%アップで自分の暮らしはどう変わるのでしょうか。
そもそも、消費税増税は「社会保障と税の一体改革」の一環とかいうけど、どうして消費税じゃないとダメなのか? このまま消費税はじりじり上がり続けるのかなあ……。いろんな思いが胸を去来しながらも「ま、年金とかまだ先のことだし。自分が考えても仕方ないし。財政とか難しくてわかんないし」と思っていませんか?
でも、考えないでいるうちに、消費税30%なんて日が来たら? 「将来に備えて」毎月給料天引きで払っている年金が、自分たちの番になったときにもらえなかったら?
「そんなのいやだ!」と思ったアナタ。残念ながら、もし日本の財政状況がこのまま改善されなければ、どちらも多いにありうるんです。
今日から税金のこと、年金のこと、そして日本の財政のことを考えてみませんか? その先に、若い世代が貧乏くじを引かないですむ道が、見えてくるかもしれません。
この連載の講師をつとめてくださるのは、法政大学経済学部准教授の小黒一正先生。いわゆる「世代間格差」を解消すべく、提言を続けている先生です。若い人ほど年金払い損になるという構造的な問題、「世代間格差」については、おいおい解説していただくことにして、まずは直近の関心事、消費税増税についておうかがいしてみましょう。
■家計支出はどれくらい増える?
――この連載では、社会保障、税金、年金、財政などについての素朴な疑問にお答えいただきながら、財政問題の本質に迫っていければと思います。よろしくお願いします。まずは、消費税率が5%から8%に上がると、負担はどれくらい上がるかを知りたいのですが?
小黒 まず、具体的にイメージをつかんでいただくために、「平成21年全国消費実態調査」の消費支出データから、年間収入別(2人以上の世帯)の増税負担額を推計したものを見てください(図表1)。
この図表の横軸は家計(2人以上世帯)の年収を表し、縦軸の棒グラフ(右目盛)は年収に応じた増税負担額(万円)を表しています。例えば、今回の増税で、年収が273万円―350万円の範囲の家計は平均として約7.8万円、年収が883万円―1109万円の範囲の家計は平均として14.2万円の消費税を追加的に負担することが予測されます。
――国税庁「民間給与実態統計調査」によると、30代サラリーマンの平均年収が400万円ぐらい(平成23年分)で、それくらいの稼ぎの人だと、一年で8万円くらい出て行くお金が増えると。年収400万円というと、税金と社会保険料を天引きされるだけでも手取りは……。
小黒 扶養する家族がいなくて控除がないとすると、だいたい320万円くらいですね。
――そうすると、実際に使えるお金に占める割合はけっこう大きいですね。でも、お金持ち、たとえば年収1000万円ある人だとそんなに響かないんでしょうか。
小黒 増税負担額が各家計の年収に占める割合を試算したものが、縦軸の折線グラフ(左目盛)です。例えば、今回の増税で、年収が883万円―1109万円の範囲の家計は平均として年収の1.4%の消費税を追加的に負担すると見込まれます。一方、年収が273万円―350万円の範囲の家計は平均として年収の2.5%の消費税を負担することが予想されます。増税負担額が年収に占める割合(以下「増税負担率」という)は、折線グラフのように、年収が高くなるのにしたがって低下し、年収が低くなるのにしたがって上昇します。
――やっぱりお金持ちだと、たくさんモノを買っても、負担度は比較的軽いんですね……。だから「お金持ちほどたくさんとられる所得税」に比べて、「お金持ちでも貧乏人でも一律の割合でとられる消費税」は「弱いものいじめ」といわれるんですね。
小黒 所得の低い人ほど税の負担率が高くなることを、専門的には「逆進的」と言います。
――そうそう、「逆進性」。消費税増税論争のとき、「消費税は逆進性が高い」といって、社民党や共産党の人が盛んに反対していましたね。マスコミでもそういう論調をよくみました。
■「消費税増税は金持ち優遇策」のウソ
小黒 でも、じつは「消費税は逆進性が高い」というのは誤解なんですよ。
――え! そうなんですか?? だって、上の折れ線グラフでは、現にお金持ちのほうが負担率が下がってるじゃないですか。さては……先生はお金持ちの味方ですか!
小黒 いえいえ、誰の味方とかそういうことじゃなくて(苦笑)。たしかに一時点の年収で見ると折れ線グラフのような形になりますが、生涯賃金ベースで増税負担をみる場合、上で述べたような「逆進性」は概ね消えてしまうんです。この理由は単純で、各個人が生涯で消費する金額は、基本的に、生涯賃金に一致する傾向があることに関係します。
――???
小黒 いいですか? ここに生涯賃金が10億円のAさんと生涯賃金が2億円のBさんがいて、ふたりとも遺産を残さずに寿命を終えるとします。このとき、AさんとBさんの生涯ベースの消費は各々、10億円と2億円となるはずです。
その際、両者が生涯で直面する消費税率が仮に10%とすると、AさんとBさんが負担する生涯ベースの消費税負担は1億円(=10億円×10%)と0.2億円(=2億円×10%)と計算できます。額面は違いますが、消費税負担額が生涯賃金に占める割合は、どちらも10%で同じですよね。
すなわち、一時点の年収でなく、生涯賃金ベースでみる場合、所得の低い人ほど税の負担率が高くなるという消費税の逆進性は解消されるといえます。
――うーん。たしかに理屈でいえばそうなのかもしれませんけれど、まだちょっと腑に落ちません。
小黒 では、実際のデータをみてみましょうか。
小黒 図表2は、カナダの消費税に相当するGST(the Goods and Services Tax)において、各個人の年間のGST負担が年間所得に占める割合(グラフの青線。以下「①」という)と、生涯ベースのGST負担が生涯所得に占める割合(グラフの黒線。以下「②」という)を、年収階級別に推計した研究結果です。横軸の年収階級は、右にいくほど高くなることを表します。
この図表からは、一時点の年収で推計した①では所得の低い人ほど税の負担率が高くなる「逆進性」が見られるものの、生涯賃金ベースで推計した②では「逆進性」が概ね消えていることが読み取れるはずです。それは日本の消費税でも同様であるといえます。
消費税の逆進性が見かけ上のものである理由は次のようなケースを考えると、より理解が深まると思います。
いま、生涯賃金がBさんと同じ2億円のCさんがいるとします。Bさんはサラリーマンで21歳から60歳まで毎年500万円を稼ぎますが、Cさんはスポーツ選手で21歳から30歳まで毎年1700万円稼ぎ、残り31歳から60歳までは100万円を稼ぐとします。
また、議論を簡略化するため、BさんとCさんの年収は61歳以降はゼロし、ともに遺産を残さず70歳で寿命を終えるとすると、毎年400万円(=2億円÷50年)を消費するのが自然ですね。
このとき、消費税率が10%のケースでは、BさんとCさんの毎年の消費税負担は40万円ですが、一時点の年収に占める消費税負担は異なります。Bさんは21歳から60歳で8%(=40万円÷500万円)ですが、Cさんは21歳から30歳で2.3%(=40万円÷1700万円)、31歳から60歳で40%(=40万円÷100万円)です。
つまり、年収ベースでみると、BさんとCさんの間には、消費税負担について逆進性が存在します。ですが、生涯賃金は同じ2億円で、生涯賃金ベースでみると、消費税の逆進性は消えてしまいます。というのは、生涯の消費税負担はBさんもCさんも40万円×50年=2000万円で、それが生涯賃金に占める割合は10%(=2000万円÷2億円)で同じためです。これを不公平ということができるでしょうか。つまり、消費税の逆進性は見かけ上のものなのです。
■どうして「軽減税率」が導入されないの?
――なるほど……。とはいえ、若い人だと「生涯賃金」なんて悠長なこと言ってられない、いまの暮らしが大変なのよ、という声もありそうです。
「消費税増税は貧乏人いじめ」論のなかには、「生活必需品は据え置いて、ぜいたく品だけを対象に増税するべきだ」という主張もありますよね。人はパンのみで生くるにあらずとはいえ、やっぱり食費や住居費は所得が低いほど家計への圧迫率は高い。スマホは最新機種でなくてもいいですけど、生活必需品であるワインはいいものを飲みたいです!
小黒 ……。たしかに与党である公明党も、生活必需品の税率を低く抑える「軽減税率」を導入すべきと主張していますね。もちろん、専門家のあいだにもそうした議論はあります。しかし、現実的に政策として導入するとなると、「どこまでがぜいたく品でどこからが必需品か」の線引きはじつに難しいものです。
――食品ひとつとっても、生鮮食料品は生活必需品だけど、加工品や外食は違うんじゃないかというようなことですね。たしかに、ライフスタイルはいろいろですもんね。コンビニ弁当が主食というような人が「加工品はダメ」といわれたらつらいですよね。
小黒 例えば、軽減税率を巡る紛争として、最近イギリスで実際に起こった事例として「パスティ」の取り扱いがあります。パスティとは具入りのパイのようなもので、イギリスにおける伝統的な庶民の食べ物です。イギリスの付加価値税制度は、食料品については基本的にゼロ税率を適用することになっていますが、フィッシュ・アンド・チップスやハンバーガーなどの温かいテイクアウト商品に対しては外食サービスに準ずるものとして標準税率を適用しています。
イギリス政府はパスティに対して標準税率を適用する方針を提示しました。パスティは通常、温かい状態で販売されるからです。同様に供されるフィッシュ・アンド・チップスに対して標準税率が適用されていることとの公平性を確保する観点から、イギリス政府は標準税率を選んだのです。
しかし、この政府方針に対して、「庶民の食べ物に対する課税だ」として大きな反発が起こりました。その結果、最終的に政府側が譲歩し、温かい食料品を並べる棚に陳列して販売する場合などにのみ標準税率を適用することとしたのです。
――公平性の確保という「べき」論と、国民の声の大きさという現実的なプレッシャーの間で悩んだ政府のとった落としどころが、「温かいか温かくないかで分ける」という解だったと。
小黒消費税は、給料天引きで徴収される所得税などと違って、毎日買い物をするときに負担が目に見える税ですから、関心が集まりやすいのは当然かもしれませんね。目に見える関心事は、やはり声にも反映されやすい。声が大きくなれば、政治も無視できないのはどこの国も同じのようですね。
――しかし、生活にまつわるすべてのアイテムで議論して合意をとっていくとなると、想像するだに大変ですね。対応するお店のほうも混乱しそう。
小黒 それよりも、軽減税率導入にあたっては、もっと本質的な問題があるんですよ。
――といいますと???
小黒 低所得者対策として生活必需品に軽減税率を導入しても、高所得層もその恩恵を受けてしまうので、所得再分配の効果は極めて低いことが知られています。
また、軽減税率の導入は、どの財を軽減するかを巡って政治的な対立や新たな政治的利権を生み出す可能性が高くなります。
このため、経済学者の間では、単一税率の消費税を導入しつつ、低所得者対策は「給付付き税額控除」(*1)で対応する方式が最も望ましいと考える者が多いのですが、政治の議論は逆にいっているのが残念ですね。
――そうなんですか。増税自体はもう決まってしまった。だけれど、なるべくそのショックを緩和するためにいろんな策が検討されていると。次回はそのあたりを教えてください。引き続きよろしくお願いします!
*1 給付付き税額控除…高所得者には税額控除、低所得者には現金給付を実施し、子育て支援や就労支援につなげる制度をいう。日本ではまだ導入されていないが、諸外国では導入が進んでいる。
――次回につづく
●本連載では、税金、年金、社会保障、財政にまつわる質問を募集しています。当サイト公式ツイッターアカウント @dilemmaplus あてに #zaiseiQ のハッシュタグをつけてツイートしてください。