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2015.04.24
2013.10.18

日本の安全保障の未来像――インテリジェンスに関するジレンマ【最終回】:小谷 賢

今年のはじめに起こったアルジェリアの人質事件は、日本政府の危機管理に対する様々な問題点を浮かび上がらせました。安倍政権のもとで日本版NSC(国家安全保障会議)の創設に対する気運が高まるなか、はたして国家や組織は情報をいかにして扱うべきなのでしょうか。インテリジェンスに関するホットな議論を、情報史の第一人者である小谷賢さんに解説していただきます。

小谷 賢 (コタニ・ケン)

1973年、京都府生まれ。防衛省防衛研究所戦史研究センター主任研究官。専門は、イギリス政治外交史、インテリジェンス研究。著書に『イギリスの情報外交 インテリジェンスとは何か』(PHP新書)、『インテリジェンス 国家・組織は情報をいかに扱うべきか』(ちくま学芸文庫)、『日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか』(講談社選書メチエ)など。

■情報官の格上げは絵空事か?

 8月30日の朝日新聞は、日本版国家安全保障会議(NSC)設置に伴い、内閣官房(内閣総理大臣を直接に補佐および支援する内閣の補助機関)の内閣情報調査室(内調)を内閣情報局に、そして内調トップの内閣情報官を内閣情報「監」に格上げするとの記事を報じた。結局この記事は誤報だったようだが、現在の北村滋内閣情報官は、かつて内閣情報官の地位について疑問を呈する論文(「最近の『情報機関』をめぐる議論の動向について」)を執筆したこともあり、情報官の格上げについては全くの絵空事とも言えない。今回はこの線に沿って検討を進めながら、日本のインテリジェンスや危機管理の具体的な理想像を考えていきたい。

 現状、内閣官房における特別職の序列は、(1)内閣官房長官、(2)内閣官房副長官、(3)内閣危機管理監、(4)内閣情報官・内閣官房副長官補(各省庁次官級)というようになっている。つまり、内閣情報官は、内閣情報調査室のトップでありながら、内閣官房副長官や内閣危機管理監をサポートするスタッフ的な役割もこなさなければならない。必ずしも情報機関の長として専念できるわけではないのである。

 さらに新設されるNSC局長のポストは、(3)の内閣危機管理監と横並びの予定なので、これでは日本のインテリジェンスを束ねる内閣情報官の位置が格下になってしまう。1982年にアルゼンチン軍が英領フォークランド諸島に侵攻する直前、イギリスの合同情報委員会(JIC)は当時のサッチャー政権に対して効果的な警告を発することができなかった。その理由の一つに、JICを束ねる議長の地位があまり高くなかったことが指摘されている。つまりインテリジェンスのトップの地位があまり高くないと、その声が政権の中枢まで届きにくくなるということである。そこで内閣情報官の地位を(3)の危機管理監やNSC局長クラスに格上げすることで、危機管理、国家戦略(NSC)、インテリジェンス(内調)がうまく横並びになるというわけである。

■内閣情報監構想はオール霞ヶ関体制を生み出す契機となるか

 この朝日の記事でもう一つ興味深いのは、内閣情報監の出身官庁を輪番制にするということである。内閣情報監の下に、国内、国外、防衛を担当する三人の情報官を設置し、その中からトップの情報監が選ばれるという構想だ。これまで内調の歴代トップは警察庁、次長は外務省という人事が固定化していたため、他省庁から内調を見た場合、内調は警察の影響力が強い組織と写る。実際はそれほどでもないとも言われているが、いずれにしても一旦そのような見方が根付くと、内調と他省庁との情報共有が上手くいなかくなる。

 そのため朝日の記事にあるように、思い切って内閣情報監を他省庁との輪番にすれば霞ヶ関の情報共有は今より進むだろう。もちろん警察としては内調トップという指定席を手放すのには抵抗感があるだろうが、その代償として他省庁からの協力を得やすくなる。それに警察には国内分野の情報官+輪番による内閣情報監が残るので、それほど悪い話でもないのかもしれない。もちろん、他省庁にとっても自分のところから内閣情報監を輩出する可能性が見出せるようになるため、反対する理由はないだろう。むしろ内閣情報監構想によって、日本のインテリジェンスはオール霞ヶ関による協力体制を生み出す契機となるかもしれない。

 内調が警察のものだけではないという認識が定着すれば情報共有だけでなく、内調を日本の中央インテリジェンス機構として強化していくことにもそれほどの反対は出てこなくなるだろう。例えば、公開情報を専門に扱うオープンソース・センターや、情報分析機能の強化、そして対外情報組織の設置などが内調主導で行えるようになるのではないか。対外情報組織の具体的な構想については、『中央公論』の5月号に「日本型『スパイ機関』のつくり方」と題した超党派の国会議員による提言書が発表されているが、それによると将来的に人員500人、予算200億円規模の組織を目指すべきだとしている。ただしこの人員でも、アメリカの中央情報庁(CIA)の2万人やイギリスの秘密情報部(SIS)の2,000人と比べてもかなり小ぶりな印象だ。おそらくは世界中で情報を集めるのではなく、アジアに特化した活動を想定しているのだろう。アフリカなどにおいては、日本自ら組織的な活動をするよりも、諸外国の情報機関との情報交換によって情報を得るほうが効率的である。もちろん他国と情報を共有するためには、日本が独自の情報源によって得た情報や、質の高い分析によって昇華されたインテリジェンスを持っておく必要があることは言うまでもない。朝日新聞の「情報監構想」と中央公論の「対外情報機関構想」は、それなりに日本のインテリジェンスの将来的な具体像を示していると言えよう。

■インテリジェンスの強化は必然的な帰結

 他方、本年度中に設置される国家情報会議(NSC)の事務局から見ると、内調はインテリジェンスの供給者となる。NSCが特定の分野に関する戦略を検討するためには、内調との連携は不可欠だ。例えばイギリスの内閣府(日本の内閣官房に相当)にもNSCと国の情報をまとめる合同情報会議(JIC)が設置されている。NSC事務局とJICは同じ建物内に設置されており、それぞれのスタッフは一日に何度も顔をつき合わせ、情報のやり取りや、分析が正しいか議論しているという。NSCのスタッフは自分たちの戦略や政策に関わるペーパーを作成するにはJICからの情報が不可欠であると信じているため、このような協力関係が生まれる。おそらく日本版NSCが設置された場合、内調にはよりタイムリーで質の高い情報が求められるようになるだろう。内調自身は内閣情報官の格上げだけではなく、情報の質の向上といった課題にも取り組んでいく必要がある。その具体策はすでに述べたように、対外情報機関やオープンソースによる情報収集や情報分析力の強化になろう。

 さらに国内外での国民の安全の確保やサイバーの監視など、危機管理の分野においてもインテリジェンスは不可欠となる。今年1月に生じたアルジェリア人質事件に対するイギリス政府の対応を見てみると、初動対応は外務連邦省、その後、内閣府に危機管理組織(COBR)が立ち上げられ、オール英国の体制が整えられた。そして危機が去った後にはNSCが設置され、今後のアルジェリアに対する政策や戦略が検討されているが、イギリスのインテリジェンスはこれらすべてのレベルの危機管理に対応している。つまりインテリジェンスは突発事態が生じた場合、現場のリアルタイムの情報収集から、戦略的なニーズに応じた大局的な情報提供まで、あらゆるレベルに対応することが求められているのである。

 現状、日本の内閣官房には危機管理を扱う内閣安全保障・危機管理室と内調が設置されており、年度内には国家戦略を扱うNSCが設置される予定である。内閣官房における戦略策定や危機管理機能が整備されていけば、それに対応する内調も機能を整えていく必要性に迫られるであろう。この文脈から言えば、日本のインテリジェンス機能の強化は必然のものとなる。

【了】

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