消えた「第三の大統領候補」――日韓ダブル選挙でどうなる? 日韓関係【第1回】:浅羽祐樹
衆議院選挙の3日後、12月19日に韓国大統領選挙が行われる。新しい政治リーダーの下、日韓関係はどうなるのか。そもそも、対日政策は大統領選挙の争点になっているのか。報道からだけでは見えてこない本当の「韓国の政治事情」を、韓国政治研究者の浅羽祐樹氏が4回にわたって解説する。プレーヤーの行動原理を政治システムから読み解く浅羽氏の論考は、混迷を極める日本政治の参照項としても有効なはずだ。
浅羽 祐樹 (アサバ・ユウキ)
1976年生まれ。新潟県立大学政策研究センター准教授。専門は比較政治学、韓国政治、国際関係論、日韓関係。著書に『したたかな韓国~朴槿恵時代の戦略を探る』(NHK出版新書)、木村幹・佐藤大介両氏との共著に『徹底検証 韓国論の通説・俗説』(中公新書ラクレ)。
来る衆議院選挙では、再び政権が交代し、新しい総理が生まれそうである。その3日後、12月19日には、韓国でも大統領選挙が行われ、李明博(イ・ミョンバク)に替わる新しい大統領が決まる。日韓両国で、それぞれ新しい政治リーダーの下、この夏以降、対立・膠着している日韓関係は一度リセットして、仕切り直せるのか。そのためには、まず、韓国政治の仕組みや大統領の行動原理を知る必要がある。さらに、そうした仕組みや行動原理と対照させることで、日本政治の特徴も見えてくる。
■「保革一騎打ち」は事実なのか
日本では、多くの報道で見られるように、今回の韓国大統領選挙は「保守対革新の一騎打ち」という構図で理解されている。与党セヌリ党の朴槿恵(パク・クネ)は「大企業や富裕層に支持者の多い保守」であるのに対して、野党である民主統合党の文在寅(ムン・ジェイン)は「労働組合などを支持基盤とする革新」という理解である。(NHK時論公論2012年11月26日「韓国大統領選 スタート」出石直解説委員)
さらに、無所属の安哲秀(アン・チョルス)の出馬辞退について、「支持層の重なる」文との間で「革新系候補の共倒れ」を避けるため、どちらかに候補を一本化しようとし、話し合ったが決着がつかず、安が「年上の先輩に譲る」ことで、三つ巴から一騎打ちへと対立の構図が変化したというのだ。安は、果たして、儒教の国の韓国人らしく、長幼の序を重んじて譲歩したのだろうか。
確かに、安の出馬辞退後、文の支持率は跳ね上がり、朴と大接戦を繰り広げている。とはいえ、各種世論調査によると、安の支持者のうち、60%しか文を支持しておらず、20%は朴を支持、20%は態度を保留している。「文+安>朴」になっていないのは、その前提の「文+安」がそもそも「革新系候補」とまとめられるものではないからである。態度保留層は、文と朴の両方から草刈り場となっていて、今後、その動向が勝敗を左右する。
■美談に隠された候補者の「計算」
2012年11月23日、出馬を辞退するという安の選択は、前回の大統領選挙で、ハンナラ党の党内予備選挙で李に僅差で負けた2007年8月20日に、朴が行った選択と同じかもしれない。朴は敗北を認め、「美しき承服」と讃えられたが、その後、選挙キャンペーンでも、当選後の国政運営でも、結局李に協力しなかった。
朴は、5年前、李に負けた時点で今回の2012年12月19日まで見通して、そこで勝つことに照準を定めた。そこから逆算して、自らの行動を選択してきたのである。朴は「与党内野党」と言われるほど李大統領の主要政策にことごとく反対し、4月の総選挙を皮切りに、ハンナラ党からセヌリ党へと再編した。その際、「大企業や富裕層」優遇から、「経済民主化」(財閥規制を強化して大企業偏重を是正する)や「福祉」重視へと、政策を左旋回し中道化させることで、李大統領に対する批判の受け皿として、野党の民主統合党よりも有権者に受け入れられ、圧勝した。セヌリ党は李大統領の与党ではなく、新政府に向けた朴の新党なのである。
■ゲームのルールと残り時間に自覚的な韓国
韓国では、大統領の任期は1期5年で再選出馬できない。政権末期、支持率が低下し、党内で基盤を失い、死に体になることがパターン化している中で、次を狙う「潜龍」たちは、現職大統領と差別化するのが合理的だ。ゲームのルールが誰しもに明らかなとき、どのような見通しを立てて、今、何をするのか、いつ昇るのかを虎視眈々と見定めているプレーヤーがいるというわけである。
「残りの人生を政治家として生きる」と公言した50歳の安は、すでに、次回の大統領選挙が実施される2017年12月20日から逆算し始めているのかもしれない。そうだとすると、安も、5年前の朴と同じで、「一兵卒として文に協力する」と誓ったものの、実際、そのとおり行動するとは思えない。「年上の先輩に譲る」といった浪花節では(韓国)政治は読み解けない。
大統領制の韓国では、政治的生命を左右する選挙の日程が固定されている。解散権は総理の伝家の宝刀で、「近いうちに」が意外に早くきて第三極が右往左往している日本とは異なり、持ち時間、残り時間が確実に分かる。日韓それぞれ、「見通し」の立て方は異なるが、将来に責任を有している政治のあり方を考える上で、韓国という事例は、もってこいの参照項になるのではないだろうか。
【第2回】に続く…