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2015.04.24
2013.06.26

「数理のチカラ、僕らの未来」番組収録後インタビュー:宮下芳明

2013年6月30日(日)0:00~1:30〔土曜深夜〕放送予定のニッポンのジレンマ「数理のチカラ、僕らの未来」収録後、出演者のみなさんにインタビューを行いました。

宮下 芳明 (ミヤシタ・ホウメイ)

1976年生まれ。明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科准教授。専門はヒューマンコンピュータインタラクション。人間の表現能力を拡張する研究を通じて「表現の民主化」に取り組んでいる。研究室では、ツィッターから味覚メディアまで、多岐にわたる研究が行われている。ユーザー参加型研究のための学会、ニコニコ学会βの発起人の一人。

――今回の番組「数理のチカラ、僕らの未来」に参加されて伝えたかったことをお願いします。

宮下  アリストテレスの時代から2000年以上にわたって、数理学はその知見を積み重ねていってそれが、「コンピュータの発明」という形に結実し、私たちの生活を変えました。一般に数学は、役に立たない、古くさい教養のように思われがちですが、本当は逆で、“未来すぎる”んです。

 収録で、200年以上未来をいっちゃってる例として、微積分の話をしました。微積分がなければ耐震計算もできないので高い建物も建てられないですし、加速のコントロールもできないので車も走らせられません。ニュートンとライプニッツによって生み出された頃は、こうした価値や意義や適用範囲といったものがその社会に理解されていませんでした。数学や数理学がイノベーションを起こすのは、場合によっては数百年先。それぐらい超未来すぎて、ぶっとびすぎていて、なかなかついていけないのです。

 僕が携わっている先端メディアサイエンス学という学問は、「遠い未来に実現できるかもしれない」モノやコト、未来のプロトタイプを作り出す研究をしています。これはいわば、未来の「見える化」だと思っています。
 思想やビジョンを言葉によって伝えるよりも、プロトタイプとして見えるようにすると、より現実感をもったものとして受け止めてもらえるようになります。それによって皆で一緒に考えることができるようになり、社会を変えるほどの影響力をもつようになるのだと思います。

――今回の番組で興味を持った話題、あるいは他の方の発言で印象に残ったものはありましたか。

宮下  「数理のチカラ」とは、「確定した未来を予測するためのもの」だと誤解されていますが、不確定な未来に挑戦するためにあるんだ、ということを、今回の収録で悟りました。多くの失敗が生まれることを覚悟で、みんなでアイディアを形にする。未来は不確実だからこそ、挑戦する意味とかロマンとかがあって、そういうところからイノベーションが生まれるのです。

 「数理のチカラ」礼賛ではなく、限界さえも客観的に提示できたことに、この番組の意義を感じました。たとえば「問題が把握できても行動を起こさないと解決しない」というのは、「数理のチカラ」のひとつの限界です。例として出た日本の人口問題はまさにこれで、問題は把握できたのに行動に移せなかったという、一つの失敗事例だと思うんです。

 質疑応答のときに、「研究者は過剰に期待されているのではないか?」というコメントが出たのが面白かったですね。シミュレーションをやってるって言うだけで未来が読めると期待されちゃう点に対する指摘でしたが、これはどの学問についても言えるかもしれません。たとえば、「心理学を研究しています」と学者が自己紹介すると「じゃぁ人の心が読めるんですね?」なんて言われたりする。そこで「いやいや、そこまでではありません」と返せば「じゃぁ心理学なんて、やっても無駄ですね」と言われてしまう。極端な反応だと思いませんか。

 学問って、そうじゃないんです。学者は何でも解決できる万能の神でもないし、かといって何の力もない、というわけでもない。私たち科学に携わる者は、そのギャップといつも戦っています。究極の目的こそ達成できていないけれど、そこに向かって着実に歩み続けている最中なのです。

――出演者全員が「未来は不確定」と述べておられましたが、「数理のチカラ」で、未来にどのようなことが実現され、可能になるとお考えですか。

宮下  僕は2007年に明治大学に着任して以来、「表現の民主化」というキーワードで未来を考えてきました。たとえば昔、自分の意見を述べることができる人は、本を出版できる人たちだけでしたが、今や誰でも世界に発信できる。これがひとつの民主化の例です。かつて「女性ボーカルをプロデュースする」なんてことができるのは限られた音楽プロデューサーたちだけでしたが、今や誰でもコンピュータソフトウェアの初音ミクに歌わせることができます。
 宮下研究室では、書道・プログラミング・電子工作など、これまで限られた人しかなしえなかった表現活動を、コンピュータによって支援する研究を多く行っています。

書道の新しい表現方法の提案。

 また、これまでモノを作るのは工場や企業にしかできないことのように思われてきましたが、3Dプリンタ等の普及によって誰でも自分のほしいモノを生み出せる時代がすぐそこまで来ています。さらに言うと、私たち科学者が行っている研究活動だって、本来ならば誰もが行えるようになるべきで、そういった民主化運動として「ニコニコ学会β」に関わっています。

ニコニコ学会βでの研究発表。
 今のテレビやインターネットは、視覚情報と聴覚情報しか伝えられていませんが、どんなに遅くとも数百年以内には味覚メディアが普及します。味を伝えるテレビや携帯電話といったものがきっと実現します。宮下研究室ではすでに、食べ物の味をコンピュータでコントロールできるデバイスを開発しています。

食べ物の味をコンピュータでコントロールできるデバイス。
 とはいえ、私たちのこういった研究は、なかなか理解されないものです。もし、音声通信とか音声記録技術が発明されるより昔にタイムスリップして、「音を地球の裏側に届ける」とか「声を録音していつでも再生する」という話をしたり、基礎技術をデモしたとしても、その真価を理解してもらうのは難しいんじゃないかと思います。私たちの味覚デバイスの研究も同じような段階だと捉えて頑張っているところです。

 他にも宮下研究室では、Twitterなどウェブ上のネガティブな文章表現を自動的にポジティブに変換するソフトなど、コミュニケーションに関係する研究を行っています。

ネガティブな文章表現をポジティブに変換するソフト。
 コミュニケーション研究の究極の目標が「人々が互いにわかりあえること」だとするならば、それを推進することによっていずれ人が争うことがなくなり、戦争をこの世から消せるかもしれません。今まで、政治であれ宗教であれ、戦争を歴史から消すことはできなかったけれど、それを実現できるかもしれない。

 何百年後か何千年後かはわからないけれど、少なくとも、その学問分野が掲げている目標が着実に達成されれば、そんな素晴らしい未来が起こりうるんです。これまであらゆる試みによってなしえなかった理想郷や、誰もが幸せになれるような世界を作ろうとしているのが科学である……こんなロマンを持って、日々研究しています。