「格差を超えて 僕らの新たな働き方」番組収録後インタビュー:萱野稔人
2013年1月1日(火)23:00~25:30放送のニッポンのジレンマ「格差を越えて 僕らの新たな働き方」収録後、出演者のみなさんにインタビューを行いました。
萱野 稔人 (カヤノ・トシヒト)
1970年、愛知県生まれ。哲学者。パリ第十大学大学院哲学研究科博士課程修了。現在、津田塾大学学芸部国際関係学科准教授。朝日新聞 「ニッポン前へ委員会」委員。著者に『国家とはなにか』(以文社)『権力の読みかた』(青土社)『ナショナリズムは悪なのか』(NHK出版)ほか多数。
――今回の議論はいかがでしたか?
萱野 今回のジレンマのテーマは、問題設定としてすごくいいなと思いました。
「どう働くか」ということは「どう生きるか」という問題に直結します。一方で、労働には様々なルールがあるため、「どう社会をつくっていくか」という問題と密接に結びついています。つまり個人の生き方と社会の問題の両方が関わっているので、個人の生き方を考えると労働の問題、つまり社会の問題にぶち当たるという構造を持っているわけです。
議論はやや個人の生き方の問題に傾き、空中戦になってしまった部分もありましたが、やはり番組出演者としては、提示された議題や出演者の皆さんのそれぞれの発言が、見ている人の背中を少しでも押してあげることができればいいな、と思いますね。
――これから社会に出る学生の視聴者に向けて、メッセージをお願いします。
萱野 労働の問題って経験がないとイメージしづらいし、問題意識を持ちづらいと思います。僕自身は学生のとき、「働くこと=奴隷」みたいな印象を持っていて、働くことに対して妙な嫌悪感を抱いていました。社会から束縛されずに自由に生きたいと考えて、就職もせずにフリーター生活を続けていた時期があったんです。
しかし今になって考えると、仕事抜きで生きることはやはりつまらないことです。もちろん楽しいことばかりではありませんが、仕事を通じてこそ得られたものはたくさんあります。ですが、働く前はそういうことすら分からなかった。そう考えると、社会は自分を成長させてくれる場でもあるんですよね。
大学で教育に携わっている身として感じるのは、就職活動さえ学生の成長に大きく寄与しているということです。多くの大学教員は「授業の妨げになるからよくない」と言いますし、実際にそういう側面もあるので一概に賛同することはできませんが、就職活動が大人になるためのイニシエーション(通過儀礼)になっていることは言えると思います。
要するに、労働の問題に関してはとにかく行動ありきです。学生の皆さんには働く前から「働き方」についてあれこれ考えるよりも、どんなことでもいいからまずは仕事をしてみろ、働いてみろと伝えたいですね。仕事をしてみて、問題にぶち当たったときに初めて「この問題ってこういう位置づけなんだ」ということが見えてくるんじゃないかなと思います。