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2015.04.24
2013.09.13

情報技術は選挙を変えたか?:西田亮介

2013年7月の参院選でネット選挙が解禁された。選挙フェス、フラッシュモブ、ネットでの落選運動……新たなる選挙運動の萌芽は見られたものの、「若者の投票率があがる」「金のかからない選挙が可能になる」といったダイナミックな変化は起こらなかった。その背景として日本政治に根深くひそむ課題とこれからの可能性を読み解く書籍、『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』の一部を公開する。

西田 亮介 (ニシダ・リョウスケ)

1983年生まれ。立命館大学特別招聘准教授。専門は情報社会論と公共政策。著書に『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』(NHK出版)、『ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)、共著書に『統治を創造する 新しい公共/オープンガバメント/リーク社会』(春秋社)、『無業社会~働くことができない若者たちの未来~』(朝日新聞出版)などがある。

 2013年7月20日、土曜日。炎天下の、午後の東京・渋谷ハチ公前にはいつもと同じく多くの若者たちが集まっていた。
 Tシャツ姿で、首にタオルを巻いている者が目立つ。地下鉄や東急線の地下入り口となっている構造物の黒い壁は、ちょっとしたステージのようだ。黒い壁に、緑の垂れ幕がかけられている。
 その簡易ステージに、レゲエやヒップホップの人気バンドが次から次へとやってきて、演奏した。そのリズムに合わせて、若者たちは身体を揺すっていた。この「ライブ」は20時まで続いた。そのライブが終わったあとも、若者たちはハチ公前にとどまり続けていた。
 現代の東京において、特別不思議な光景ではない。渋谷ハチ公前という街頭に、あまりに多くの人が集まって行われていること、そしてなにより、これが第二三回参議院議員通常選挙において緑の党の公認候補として比例区から出馬した三宅洋平、そして無所属で東京選挙区から立候補した山本太郎の選挙運動であることを除けば。

 同じころ、秋葉原にも多くの人々が集まっていた。JR秋葉原駅前には、国民的アイドルAKB48をモチーフにした「AKB48カフェ」と並んで、「ガンダムカフェ」秋葉原店がある。ガンダムの関連グッズやガンダムにちなんだメニューを扱っているのだ。
 そのガンダムカフェを背に街宣車が停まっている。その街宣車を囲んで人々が集まり、高い三脚がついたカメラや梯子といった重装備の機材を揃えたマスコミも数多く来ていた。
 渋谷に集まった人々と比べると、秋葉原駅前に集まった人々の年齢層は高く、シャツやポロシャツとスラックスなど、堅い格好をした人が目につく。少なくとも、ライブに行くような服装ではない。
 四割ほどだろうか。少なくない人々の手に大小の日の丸が握られ、声高に安倍首相の名前を呼んだり、「自民党頑張れ」と叫ぶ声が時折聞こえてくる。渋谷とは違って明らかに政治的なイベントであることがわかるが、こちらも十分高揚感が伝わってくる。
 随所に警察車両も停められており、スーツながらヘッドセットをつけ、あたりを見回している、見るからに公安関係者らしい人物も散見される。ある種、熱気と緊張感が混じった物々しい雰囲気のなかで、自民党の候補者や現職議員が立て続けに挨拶を行った。
 秋葉原のボルテージがもっとも高まったのは、やはり安倍首相が演説を始めた瞬間だろう。映画『2001年宇宙の旅』のテーマがBGMだ。
 安倍首相の応援演説のあとには、観衆からマスコミに対するシュプレヒコールがあがり、騒然とするなか、安倍首相は秋葉原を後にした。
 これが自民党の2013年参院選最後の応援演説となった。

 2013年参院選は、事実上、第二次安倍内閣の信任を問う選挙だった。とくに「アベノミクス」と呼ばれる大胆な金融政策を、国民が容認するのか否かが問われたといえる。また、長く続いた、衆参で第一党が異なる「ねじれ国会」解消の実現にも注目が集まった。
 結果は、自民党の圧勝。単独過半数には届かなかったものの、自公で七六議席を獲得する大勝であった。現時点においては安倍内閣の経済政策は信任を得て、ねじれ国会も解消した。
 こうした大きな話題に加えて、もう一つ、国政選挙で初めて大きく新しい選挙制度改革が行われた。
 冒頭に書いた、投票日前日の三宅洋平と自民党による最後の選挙運動。両者は2013年参院選の「新しい選挙」を象徴したと考えられている、対照的な二つの光景だった。
「新しい選挙」とは、「ネット選挙」の解禁だ。
 2013年7月の参院選挙から、選挙運動にインターネットを利用できるようになったのである。日本でネット選挙解禁について論じられるようになったのが90年代半ばのことなので、20年来の課題がようやく一歩前に進んだのだった。
「選挙運動」とは、特定の選挙の特定の候補者に対して、直接間接に投票を呼びかけることだ。日本の公職選挙法は、参院選における選挙運動の期間を公示から投開票日までの一七日間に定めていて、それ以外の期間には選挙運動を行うことはできないが、その17日間の選挙運動にインターネットを利用できるようになったのだ。また、2000年代前半の韓国大統領選挙で話題になった、特定の候補が当選しないように呼びかける落選運動も、日本では初めて法的位置づけを得た。

 三宅洋平を支持した若者たちは、三宅の応援演説を映像に撮影し、動画共有サイトにアップした。三宅本人もTwitterをはじめソーシャルメディアで積極的に情報発信を行った。またコミュニケーションも、スーツも着ず、タスキもかけず、「選挙フェス」というライブのような形式で行い続けた。
 三宅は、一般には「脱原発」を支持する候補者として認知されているが、応援演説の内容はなかなかユニークだ。実は脱原発を声高に聴衆に訴えるわけではない。それどころか「自分もわからない」「他人に話しかけてみよう」「他の政党の候補者や政治家もリスペクトしてる」といった勧誘や他者肯定、あるいは疑問形のメッセージが多く、自身への支持を直接呼びかけることすら積極的ではなかった。
 他党や他の候補者を半ば罵倒し自身の政策を連呼する、古典的な選挙運動に慣れていると、どこか頼りなくさえ思えてくる。だが、選挙運動期間の後半になるにしたがって、明らかに選挙フェスの集客は増えた。比例区という注釈はつくものの、また最終的に三宅は落選したものの、約17万7000票を集めるに至った。
 三宅洋平は、ミュージシャンといってもたとえば山本太郎のような一般的な著名人ではなく、かつマスメディアが集中的に取り上げたわけでもないから、その支持の一部が若者、そしてインターネットに由来するといえるのではないか。
 自民党はそれとは対照的に、コミュニケーションの形式それ自体は従来と変わらなかった。双方向のやり取りに積極的だったわけでもない。
 しかし、政党のなかに広告代理店やIT企業の協力を取り付けたチームを置き、インターネット上の情報を分析した。さらにその情報をフィードバックし、応援演説の表現や語句に反映させた。秋葉原という場所で最後の応援演説を行ったのも、ネットで話題になりやすいからだ。2012年12月の衆院選の最後の応援演説も秋葉原で行っている。端的にいえば、自民党は政党や候補者から有権者の支持を取り付ける手法としてネットを活用した。
 このように「ネットを活用する」といっても、三宅のようにある意味では「地盤・看板・カバン」という資源力を持たない者がゼロから活用して支持を取り付けていくような場合もあれば、自民党のように持てるリソースを駆使して、ネットでも効果的に情報発信するケースもあった。

 際立った争点が乏しく、野党同士が対立し、事前から与党圧勝が伝えられるなか、一見ダイナミックな変化の予感に満ちたネット選挙に、マスメディアは新しい選挙報道の切り口として飛びついた。新旧メディア各社が、選挙運動期間以前から、繰り返しネット選挙の解禁とネット選挙の動向を取り上げた。ネット選挙によって「若者の投票率があがる」「金のかからない選挙が可能になる」といった変化を待望する論調が繰り返し報じられることになった。
 ところが、選挙を終えて明らかになったのは、あまりに事前の予想どおりの結果に終わったことだ。確かにネットを積極的に活用した候補者や政党もあり、確かに個々の取り組みは興味深く、またネットの影響について、宮城選挙区などのケース(五四ページ参照)はあるが、少なくとも国政全般に影響を与えるダイナミックな変化を生み出すことはなかった。
 事前の予想どおり自公は圧勝し、民主党は大敗した。共産党が議席数を伸ばしたことは注目されたが、二大政党に割って入ったり野党再編に絡むといった規模の話ではない。ネットを活用した無所属候補者が大挙して当選したわけでもないし、自公圧勝を止めることもできなかった。
 誰の目から見ても、ネット選挙解禁の影響だといえる、大規模な変化は起きなかった。起きた変化は、ネット選挙の影響か否かを論じて、納得できる人もいれば、納得できない人もいるといった程度のものだ。
 したがって、2013年7月の参院選におけるネット選挙が、国政に影響を与えるダイナミックな変化を生み出すことには失敗したといえるのではないか。
 このように思う人もいるかもしれない—ネット選挙は今回が初回であって、周知期間も短かったから失敗した、と。次の、あるいはその次あたりの国政選挙のころには、政党や政治家、候補者たちも、よりうまくインターネットを活用するので、顕著な変化が起こるのだろうか。
 もちろん、そのような可能性を完全には否定できないが、このような楽観的な見立ては、ネット選挙が選挙や投票行動に影響を与える複数の要素のなかの、あくまで一つの要素にすぎないことを看過している。
 そして筆者の見立てでは、日本の政治習慣やメディア環境、法制度はインターネットがもっとも得意とする「双方向性」を活用しにくいようにできており、換言すれば、今後よりいっそうのネット選挙の解禁等が進んだとしても、有権者と政治家の新しい政策論争は生じにくいように思われる。
 日本政治に今求められているのは、目的が不明瞭なまま—もしくは誤解に基づいて—新しい技術の利用を闇雲に促すことではなく、目的に応じて技術とガバナンス、ジャーナリズムを変革していくビジョンを構想することではないか。

(……)

 「情報化が社会や民主主義を変える」という言葉をよく耳にする。この言葉は暗に「改善していく」という楽観的なニュアンスを含んでいる。だが、「アラブの春」も揺り戻しが来たし、ネットがきっかけといわれる官邸前デモも、いつの間にか話題にならなくなった。
 やはり政治を考えるにあたって、情報(技術)と政治、双方の視点を両輪のように用いなければならないということなのではないだろうか。前者だけでは不十分と言わざるをえない。

 このような問題意識のもと、2013年7月の参院選におけるネット選挙の動向と、そこから派生する諸問題を論じる書籍をこのたび刊行する。情報と政治について、今一度冷静に考え直してみたい。

【了】(「はじめに」より抜粋)

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