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2015.04.24
2014.02.10

政治の理念を再定義しよう ネット世代の選挙のゆくえ・前編 西田亮介×三宅洋平

2013年夏、ネット選挙が解禁されました。政治的有効性感覚が乏しいとされる日本の若年層が政治に関心を持つには? 今回の対談では、アーティストとアカデミズムの出会いが、互いにとって幸福な結果を生みました。「選挙フェス」で一躍注目されたミュージシャン・三宅洋平氏は、自らのエモーショナルな政治観を論理的に説明してくれる存在を必要とし、ネット選挙を研究してきた情報社会学者・西田亮介氏もまた、若年層を政治に引き込むプラグマティストを研究対象としています。ネット世代の2人が考える、人を政治に巻き込む方法とは?

三宅 洋平 (ミヤケ・ヨウヘイ)

1978年生まれ。リクルート社員を経てミュージシャン、社会活動家に。2013年7月の参院選では、緑の党の推薦を受け比例区候補として出馬した。渋谷駅前で行ったライブ風の選挙活動「選挙フェス」がSNSを通じて話題を呼び、17万票を得たにもかかわらず落選。NHKクローズアップ現代「検証 ネット選挙」で特集された。

西田 亮介 (ニシダ・リョウスケ)

1983年生まれ。立命館大学特別招聘准教授。専門は情報社会論と公共政策。著書に『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』(NHK出版)、『ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)、共著書に『統治を創造する 新しい公共/オープンガバメント/リーク社会』(春秋社)、『無業社会~働くことができない若者たちの未来~』(朝日新聞出版)などがある。

新しい選挙運動、「選挙フェス」

西田 皆さんこんばんは。立命館大学の西田と申します。今日はミュージシャンの三宅洋平さんをお迎えして、2013年9月に出した僕の本 『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』とからめてお話をさせていただきたく、三宅さんに来ていただいた次第です。三宅さん、はじめまして。

三宅 はじめまして。音楽家の三宅洋平です。よろしくお願いします。

西田 三宅さんは、2013年7月の参議院選挙に立候補されて、「選挙フェス」と名付けた大変ユニークな選挙運動――スーツもネクタイも着用せず、ミュージシャンたちがギターを弾きながら街頭で政治演説をするイベント――をされていました。その様子がTwitterやYouTubeを通じて広く拡散したのは記憶に新しいのではないでしょうか。残念ながら結果は落選でしたが、約17万票集めました。
 ところで今まで、選挙における政治のコミュニケーションというのは、特定の政策を強く主張するか、あるいは対立候補について批判的な言説を強く主張するのが一般的でした。応援演説などを聞いたことがある人は、記憶にあるのではないでしょうか。
 しかし、三宅さんの選挙フェスのユニークな点は、見た目の奇抜さもさることながら、よくよく話を聞いてみると特定の政策を強く主張するわけではなくて、「みんなエネルギーのことをどう思いますか? 家に帰って話してみてください」のような問いかけを多用しています。また他者に対する罵倒どころか、対立候補や政党にもリスペクトがあると明言していた。そしてこういったコミュニケーションに、若年世代を中心に多くの人たちが賛同しているという新しさに、とても関心を持ち、本日はお招きした次第です。

三宅 どうもありがとうございます。ところで、「西田くん」と呼んでいいですか?

西田 もちろん。

三宅 僕が政策をくどく言わなかったのは、僕自身、政治歴が浅いため、どんなトピックが今の日本の政治のなかで重いのか、といったバランスもわからないし、空気が読めないし、専門用語を駆使した話もできない。そのため、音楽でいうとパンクのスタイルで、感じたままのことを言うしかないなと思ったのです。
 選挙フェスが大きな現象になった根底には、日本の若い人たち誰もが政治についていろいろと腹の中で思っていてネットには書けるけれど、代弁してくれる人がいないために政治にコミットできないという状況があるのではないでしょうか。僕は、わからないことはわからない。わかっていることはできるだけわかりやすく伝えたい。そして皆の自発的な政治意識が作られていけば、10年、20年後にはもうちょっとましな日本になっているんじゃないかな、という思いで選挙に出た次第です。

西田 日本の社会は、国際的に比較すると「政治的有効性感覚」(自分の一票が政治の意思決定に影響を与えていると思える感覚)が乏しいと言われています。若年層の投票率が低いのもこうした背景があると言われています。
 選挙フェスを見ていて思ったのは、三宅さんが強い政治的主張を前面に出さなかったということには後述するように良い点悪い点あるとは思いますが、今まで政治に興味を持つきっかけが乏しかった人たちにとってひとつの契機になったのかなということです。
 ところで三宅さんは、大学卒業後企業にお勤めになって、そこをお辞めになったあと音楽活動に入られたのですよね。そこから政治までの距離はかなりあるように見えますが、政治活動に至るまでの経緯についてお話しいただけますか?

生活の中に政治があった

三宅 もともと、政治的な表現を含む音楽には、10代のころから接していました。
 その理由のまず一つは、僕は親の仕事の関係でベルギーで生まれて、7歳で日本に帰って来たのですが、そのときのカルチャーショックがとても大きかったのです。
 たとえば、当時小学校では、入学すると全員が同じ鉛筆を買わされて使っていたのですが、僕だけが外国から転校してきて、ボールペンを使っていました。すると、先生に「三宅くん、ボールペンは禁止です」と言われた。僕、その時「禁止」という概念が理解できなかったのです。というのも、ベルギーの学校は生徒の貧富の差が激しいので、小学1年生になると「家にある何か書けるペンを持ってきてください」という指導があるだけ。鉛筆を全員そろえるなんて理解できませんでした。まさに「経済大国・日本」的なやり方で……そういった、一つひとつのことに引っかかって、校則に反発したり、校長に直訴したりすることを通じて、社会との接触、折衝、軋轢が子どもころからたくさんありました。今思うと、あれは「政治」だったんです。

西田 「政治」の存在を意識する機会が、生活のなかにたくさんあったのですね。

三宅 はい。あとは、世の中のルールや常識に対する違和感が多かったので、パンクの中でもクラッシュみたいなインテリパンク――「戦争はなぜ起きているのか」とか、「金融工学が何をもたらしているのか」とかを歌う――と10代のころに出会って、世の中に対する怒りを自然とそこにぶつけていったんです。
 勢いと雰囲気だけでファッショナブルに熱狂をもたらしたパンクバンドもあったのですが、「で、何だったっけ?」という感想しか残らなかったのです。彼らは壊すことはできたけれど、再構築できなかった。
 他方クラッシュは、玄人が好むパンクなんですが、再構築を試みた結果「あんなのはパンクじゃない」と言われて解散しました。要するに、パンクという形にとらわれていたら、逆にパンクが形骸化してしまう――非常に哲学的でもありました。
 このように、世の中への違和感を表明する術を与えてくれたのが、そういうスタイルの音楽表現だったんです。
 バンド活動のなかでステージでそれなりに政治的なことを言っていると、各地で起きている、開発現場を阻止する運動など地域の問題が耳に入ってきます。話だけではよくわからないのでとりあえず現場に行ってみると、当然、最初は怒りだとか、いろんな感情がわいてきて、その結果、デモ、請願、嘆願、陳情、院内交渉……いろんな方法を知っていくわけです。
 どの活動も、もちろん何かしらの「有効性」を信じて、効果があるに違いないと思って私財と時間を投じてやるんだけれども、結果は全く変わらない。マスメディアの取材も来ない。その実態に危機感を募らせていました。
 それを打開する方法として最終的に出てきたのが、政治力という一つのフラッグを立てるという案でした。各開発現場の反対住民というのは、反対はしても立候補はしないんです。反対運動を何年も何十年も続けて、スラップ裁判(威圧訴訟。報復のための訴訟のこと)みたいなものを起こされて、5年も6年も生活を縛られたりするのです。
 それを見ていて、受け身の苦労をするよりは攻めの苦労を選びたい、参議院議員になって奮闘するほうがよほど有効性はあるだろうな、と思いました。少なくとも、自分の声を国会に722分の1の声として届けることで、各種の運動の閉塞感が少しは解消されるんじゃないかなっていうのと、現場はなにせネットも使えないおじちゃんおばちゃんが多いので、孤立しているんですよね。彼らがもうちょっとネットワークを作ることができれば、孤立感からも、資金難からも、情報発信力のなさも解消できるんじゃないかなと。僕じゃなくてもいい、とにかくそこに問題意識を持った誰かが、勇気を出して大嫌いな政治に突っ込んでいかないと、火の元は解決できないんじゃないかなという思いがあって立候補しました。

西田 政治を立法から変えていくためには、結局立法府の中に入っていかないと、いつまで経ってももっとも狭い意味での政治を変えていくことができない、ということですね。
 これはある意味とてもラディカルなことをおっしゃっています。これまで多くの市民運動や対抗系の言説というのは、実は、すべて間接民主制の外側で物を言っていることが多かった。デモを行ったりすることはあったものの、なぜか政治家として立候補したり、政治と直接交渉することを敬遠していました。そのような意味において従来の反対運動とはかなり毛色が違うアプローチといえます。
 しかしながら、立法するためには議員になるしかないわけです。議席を持って法案を出す。日本の場合、成立する法案の大半が閣法(内閣が提出する法案)だという事情はあるものの、原則として議員にならない限りは、法案を提出できないわけです。三宅さんの場合は、だから、中に入って変えていこうというスタンスに立たれたということなんですね。

三宅 そうですね。従来型の運動を続けてこられた年配の左派の方々は、僕がこんなことを言うと自分たちを否定されたように感じられるかもしれないのですが、ただ1個足りてない部分を僕がやります、というスタンスなんです。

西田 プラグマティスト(実用主義者、実務家)なんでしょうか。

三宅 経験主義というか……確かにそうかもしれません。


既存の定義で語らない

西田 冒頭の話に戻りますが、三宅さんには「脱原発」というイメージをお持ちの方も多いと思います。メディアでもしばしばそのように、取り上げられていました。しかし三宅さんの政策には実は直接「脱原発」という文言は入っておらず、実は「除染から廃炉ビジネスへ」ということを掲げていらっしゃったにすぎないわけです。ある意味では、「生活保守主義」と言うと語弊がありますが、極めて生活に身近なものが多い印象です。例えば「大規模農業から家庭菜園へ」という主張もそのようにも読めますね。
 そこには例えば政治の王道とされる、外交、安全保障、経済政策というところは抜けている。良く言えば日常生活に根ざしているとも言えますが、悪くいえば経済や安全保障については明確な主張が提示されていないようにも見えます。

三宅 若干バージョンアップはしていますが、本質的な思いは変わっていません。
 どういう思いであの文言に至ったかというと、僕はミュージシャンとして詞を書き、言葉を紡ぐ人間として、決してひねくれているわけじゃないのですが「脱原発」を「脱原発」以外の言葉で、どうにかとんちをきかせていきたいんです。
 というのは、「脱原発」という言葉にまつわるイメージが醸造され過ぎていて、僕はそれではないからです。だから、僕は僕の極めて個人的な亜流のポジションから自分を定義し直さないと、誤解を生むだろうな、と思っていました。sameではないけどsimilarですよ、とどれだけ多くの人に伝えられるか。
 なぜかというと、昔から運動は基本的に理念を掲げるものですが、左派って理念の部分でケンカになって分裂しやすいんです。何かを既存の定義で語ると、型にはめられて、「きみがその理念を支持する限り、私は協力できない」みたいな人がいっぱい出てしまうのです。しかし、僕から見ると、争っていないで一つにならないと何もできない。
 自分のような、誰とも決定的な利害を持たない存在によってみんながまとまれば、という漠たる思いはありました。

西田 なるほど。それで主張する政策に「緩さ」が生まれたのですね。
 そこで、さらにお伺いしたいのですが、三宅さんの政策観は、エネルギーとか農業とかそういうものが多いですよね。昔ながらの政治のコミュニケーションからすると、それはやや頼りなくも見えます。
 政治にはある種のロマンチシズムがありますから、声高に相手を批判したり、弁舌が立つことなどがカリスマの源泉となったりしてきたわけです。
 ところが、三宅さんの選挙フェスや、コミュニケーションの仕方には問いかけや疑問形のパターンが多いですね。答えや主張をはっきりとは言わない。
 例えばYouTubeの三宅さんの動画からは、集まっている若い人たちの数が明らかに時系列で増えているようにも見えます。つまりこういったコミュニケーションの形式が若年世代に支持されたという側面もあるのではないでしょうか。

三宅 そうですね。初日の吉祥寺から予想以上の熱が生まれて。振り返ってどのポイントで「何か起きてる」と感じたか、という質問はよく受けるんですけど、初日なんですよね。そこに至るまでの3~4か月は僕と僕の周りの人の間の盛り上がりだったんだけど、初日に感じたのは、選挙の力であり、政治の力。嫌いだ嫌いだと言いながら、「なんだ、みんな待ってたんじゃん。好きなんじゃん」っていう感じは、17日間ずっとありました。だから、少ないとはいえ人口の6割にあたる4000~5000万人が参加するイベントはやっぱりすごいなと。そこで共時的にものを考えられるという期間を与えられることは、生かしきらないともったいないなと今も思っています。

政治家に必要なもの

西田 三宅さんの周りにいる人たちは、「経済政策は成長戦略で行きます」とか「リフレで行きます」という強いメッセージがない状態に、不安や疑念を抱かなかったのでしょうか。

三宅 多々ありましたよ。「応援しているからこそ、このへんも言ってくれないと」って。非常に役に立ちました。
 ただ、僕が思うのは、政治家とは、官僚のように論理的にロジカルに考えるよりも、心根の部分だと思うんです。逆に言うと、より官僚を掌握できて、コミュニケーションがとれて、思いを伝えられればいい。その中で、政策通の政治家もいれば、もう少し感情的な人もいる、という役割分担があると思っています。
 「こいつに託せば、官僚とかともうまくやってくれそうだな」っていう期待感を持てた人たちはいたんじゃないかなと。もちろん、さっきおっしゃるような不安というのは、常に僕の中にもあるものなので。

西田 今三宅さんがおっしゃったのは、すごくオーセンティックな政治の原理原則ですね。政治というのは基本的には意思決定、あるいは資源の再配分の意思決定を行うことですから。
 他方、行政は執行機関なので、政治の意思決定に従って執行する機関です。確かに三宅さんがおっしゃる通り、ある意味ではすごく原理原則に近いお話です。

【後編】に続く…

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