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2015.04.24
2012.12.03

『宇宙兄弟』を売りたい、今ある仕組みを疑え:佐渡島庸平

『ドラゴン桜』『働きマン』『宇宙兄弟』などの編集を担当した佐渡島庸平さん。今年、講談社から独立して、作家のエージェント会社を新しく始めました。なぜ、佐渡島さんは大ヒット作品を手がけることができたのか? その裏には、マーケットの仕組みから変える“成功の方法論”がありました。 NHKで働く若手が集まる「ジセダイ勉強会」からのレポートです。

佐渡島 庸平 (サドシマ・ヨウヘイ)

1979年生まれ。(株)コルク代表。講談社のモーニング編集部で井上雄彦「バガボンド」安野モヨコ「さくらん」三田紀房「ドラゴン桜」小山宙哉『宇宙兄弟』などを担当。2012年10月に作家エージェント会社「コルク」を創業。

神原 一光 (カンバラ・イッコウ)

1980年生まれ。NHK放送総局 大型企画開発センター ディレクター。主な担当番組に「NHKスペシャル」「週刊ニュース深読み」「しあわせニュース」「おやすみ日本 眠いいね!」。著書に『ピアニスト辻井伸行 奇跡の音色 ~恩師・川上昌裕との12年間の物語~』(アスコム)、最新刊は『会社にいやがれ!』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

神原  本日の勉強会は、講談社で『ドラゴン桜』『宇宙兄弟』など大ヒットを飛ばしまくり、今年2012年10月に作家エージェントの会社コルクを創業された佐渡島庸平さんをお迎えしました。佐渡島さんとは、プライベートではテニス仲間でもありますが、本日は仕事のお話をぜひ。お話いただくテーマは「仕事に向き合う姿勢」。どうぞよろしくお願い致します。

佐渡島  佐渡島です。ご紹介ありがとうございます。僕も高校時代にテニスをやっていて、地方大会の予選は突破できるのですが、本戦ではなかなか勝てませんでした。当時、全国でトップクラスの選手だった神原くんは有名人で雲の上の存在でした。社会人になった今、その有名人とテニスができて光栄です(笑)。

「作品が悪いんじゃない、アンケートのシステムがおかしいんだ」

佐渡島  さて、今日は自分がどんな気持ちで仕事と向き合ってきたかについてお話させていただきます。そもそも、僕がどんなヤツかというと、数学の問題を解いて答えが合わないと答えが間違っているんじゃないかと思う人間です。実は、僕も大学の就職活動でNHKを受けましたが、しょっぱなの書類選考、エントリーシートで落ちました。そこでまず思ったことは「落ちたのは何かの間違いなんじゃないか」ということです(笑)。普通だったら、「あ、ダメだったか」と思うところを「何かの間違いだ」と思うところが僕の性格をよく表しています。

『宇宙兄弟』でブレイクした小山宙哉さんを最初に担当した時も、『ハルジャン」という作品のアンケートがあまりよくありませんでした。でも、僕は最高に面白いと思っていたから、小山さんの作品の順位が悪くなってしまうこのアンケートシステムがおかしいんじゃないかと疑いました。そもそもわざわざハガキを送ってくる読者だけのアンケートを信じているのが間違いだと。それで携帯電話からアンケートに答えられる仕組みを会社に掛け合い、自分で導入までの作業をしました。そうするとケータイでアンケートに答えてくれる読者はハガキを送ってくれる読者よりも圧倒的に若くて、小山宙哉さんのアンケート順位もケータイの方が圧倒的にいい。『ジジジイーGGG-』 や『宇宙兄弟』のアンケート結果はよくて、編集部の小山さんへの評価も変わりました。仕組みを変えると、世間の常識も変化します。

普通だと自分の考えと世間の結果が違えば仕方ないと思いますよね。でも、僕は「いやいや、そっちがおかしいでしょ」と思って、反対側にある仕組みを変えられないかといつも考えます。

佐渡島庸平さん(写真右)。

400店舗の美容室に『宇宙兄弟』の見本誌を送った理由

佐渡島  小山宙哉さんの『宇宙兄弟』は、『ハルジャン』『ジジジイーGGG』 の単行本が売れなくて、背水の陣で臨んだ作品です。連載開始当初から『宇宙兄弟』はおもしろいねと言ってくれる業界関係者が現れました。それでも第三巻ぐらいまでは単行本がそれほど売れておらず、なかなら重版がかかりませんでした。他のどんな作品よりも面白い!と僕は感じていたので、今の“売り方”を疑いました。

テレビの視聴率もそうなのかもしれませんが、マンガも女性が読んでいる本は大きなヒットになりやすい。男性ファンが多い作品よりも、口コミで広がりやすいからです。ところが『宇宙兄弟』の読者はほとんどが男性だった。女性に売る方法を考えました。作品を女性向けに路線変更するのは、本末転倒です。売り方を変えようと、頑張りました。

でも、出したばかりのマンガの単行本はせいぜい3万部ぐらいで、単価も500円、600円ぐらいと低い。使える宣伝費はせいぜい数十万円です。会社から期待されていない場合、今の出版業界にいる編集者はそこからヒット作を生み出さないといけない。かなりしんどい状況ですが、僕は予算がない中でどうやったら女性読者に読んでもらえるかを考えました。

行き着いたのは「美容室にマンガを配る」というアイデアです。講談社には『with(ウィズ)』という女性誌があり、その『with』を買ってくれる美容室のリストがあり、その美容室400店舗ぐらいに手紙を添えて見本誌を送りました。400冊の見本を送ると、郵送料を含めて、まぁそこそこの金額になりますが、会社が気にする金額ではない。手紙には「小山宙哉さんはすごく面白いマンガを書いているけど、まだたくさんの人に読まれていない。なのでぜひ美容室の美容師さんが休むバックヤードに『宇宙兄弟』を置いてください。もし、読んで面白いと思ったらでいいのでお客さんにススメてください」と書きました。

なぜ、美容室だったか。ただ女性が来るという理由だけじゃないです。正直な話、美容室って、ダサい美容室からイケてる美容室までいろいろありますよね。でも、世の中で「自分が行っている美容室がダサいと思って通っている人はたぶん少ない」はず。自分の行っている美容室がイケてると思っていれば、そこの美容師さんが面白いとススメてくれる映画とかレストランはけっこう試してみる女性の方はいるだろうな、情報交換が行われるだろうなと思いました。

それで美容室に話を聞きに行き、一日に何人のお客さんが椅子に座って、大体何回転ぐらいするのかを聞き、結構小さい美容室でもかなりの顧客を抱えていることを知りました。たとえば、女性が3か月に1回ぐらい来ると仮定して考えると1店舗あたり1000〜2000人の顧客を抱えている。これが400店舗で口コミするならば、やる価値があると判断したんです。実際に、美容室に見本を送った後にとったアンケートで、買ったきっかけを見ると「美容室でススメられました」というのがかなり増えて、それは相当にうれしかったです。

一個の成功体験を水平に広げる

佐渡島  同じように、『宇宙兄弟』の前に担当していた三田紀房さんの『ドラゴン桜』でも、“売り方”を疑いました。『ドラゴン桜』も内容は面白いのに、初版部数がどんどん落ちてしまい、読者アンケートの結果も芳しくない。「この作品は受験のテクニックや情報をうまく学ぶことができる。もし僕が学生で、塾も近くにない地方で、孤独に受験勉強しているときにこの本を読んだら、勇気づけられるだろう」って考えました。つまり、『ドラゴン桜』の内容は変えずに、そのような読者が気づけるように売り方を変えようとしたわけです。

まず、『ドラゴン桜』を受験参考書のコーナーに置いてもらおうと、営業の人と書店を回りました。参考書コーナーに行くと受験の指南書のような本がいろいろと出ているのですが、僕は絶対に『ドラゴン桜』の方がためになると思ったんです。

でも、なかなか参考書のコーナーには置いてもらえない。書店を回っていて気がついたのは、書店も縦割りの組織だという点でした。参考書のコーナーは昔からある分野なので社員の担当者がいることが多いのですが、コミックのコーナーは比較的新しいジャンルなのでバイトの担当者の場合が多い。書店の担当者は棚ごとではなく、自分の管理しているジャンルの売り上げで評価される仕組みになっています。コミックを参考書のコーナーに置いて売り上げがたっても、参考書担当ではなく、コミックコーナーの担当者の売り上げになる。だから、参考書コーナーの担当者は自分の棚をなるべくコミック担当者に貸したくないという心理になるんです。これには相当困りました。

まず一店舗が協力してくれました。池袋のジュンク堂です。そこで参考書のコーナーで『ドラゴン桜』を広く展開してくれて、ありがたいことに成功しました。その一つの成功体験を広げることにしました。講談社は書店に一斉にFAXで販促を案内できる仕組みがあるので、その成功体験をFAXでバーっと送ったんです。そこから教育熱心な親などに読まれるようになって、ブレイクしていきました。成功体験がないところで物事を調整してくれる人は少ないのですが、一個の成功体験を見せてあげると新しい挑戦に協力してくれる人は見つけられるのだと思いました。

こうした体験を通して僕が思ったことは、今、目の前にあるマーケットが自分の理想と違っていて違和感を感じているのであれば、自分の信念を信じて、じゃあそのマーケットを変えられないのかと考えることが大事だということです。マーケットに合うように作品をつくってもらうのはつまらない。自分がおもしろいと思ったものを信じる方がいいと思う。

100個挑戦できる権利とスピード感が欲しい

神原  編集者として、作品の質を高めるだけでなく、作品を広める仕事にも積極的に取り組んだということですね。その視点は、番組を作るだけでなく、番組をどう広めるかという僕たちにも通じる考え方だと思います。そんな佐渡島さんは、いま新たな試みに挑戦しているそうですね。新会社「コルク」。これは、大変な挑戦だと思うのですが、独立した理由や、新会社で目指すビジョンをぜひ聞かせてください。

佐渡島  たくさんの経験を積ませていただいた講談社を2012年9月末で退社し、10月1日から「コルク」という作家エージェントの会社を創業しました。理由は今までの話と同じで、自分がおもしろいと思ったものをたくさんの人に読んでほしいからです。僕は日本のマンガやコンテンツは世界に誇れるものだと思っています。日本でマンガが大ヒットしたといってもやっぱり1000万部とかで、10億人が読むということはありえません海外にマーケットを広げたいと常々感じていました。

講談社はすばらしい会社で、社内ベンチャーの仕組みも用意してくれようとしていたのですが、当然大きな会社なので、途中でどんな障害があるかはわかりません。今、必要とされているのは資本力ではなく、思いついたらすぐに挑戦できるスピード感だと僕は考えています。スピード感を持って、100回挑戦できる権利やスピード感が欲しくて会社をつくりました。

講談社での今までの挑戦と違うのは、予想が立たないことです。ケータイのアンケートにしても美容室への展開にしても、ある程度、結果の予想が立つところで仕事をしてきました。日本のコンテンツを海外市場へ展開して成功するだろうと予想できるアイデアは今のところほとんどありません。でも、何百回失敗してもいいから一つが当たればいい。その成功体験を講談社や他の出版社へ「こうしませんか」と広げられればいいと思っています。

神原  本日は実体験に基づく、たしかな話をして頂き、ありがとうございました。佐渡島さんが立ち上げられた「コルク」という会社。社名には、ワインを熟成させたり、世界中に運ぶのにコルクが欠かせないように、作家にとって欠かせない存在になりたいという思いが込められているそうです。とても素敵な名前ですね。これからのご活躍を期待しています!

佐渡島  こちらこそ、本日はありがとうございました。





Q:「ジセダイ勉強会」ってどんな勉強会でしょうか?(ジレンマ+編集部)

神原  20・30代の次世代を担うキーパーソンたちを毎回ゲストに迎え、仕事や世の中をどう捉え、どう向き合っているのか、そしてメディアに期待する事などを伺い「明日のテレビ」へのヒントを探るNHK局内の勉強会です。企画・運営メンバーも、参加対象者もゲストと同じ20・30代の職員です。ジセダイによるジセダイのための勉強会を目指しています。 勉強会の模様は、今後も続々アップされます。どうぞお楽しみに。

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