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2015.04.24
2012.11.20

なぜ勝負を諦めてはいけないのか?:為末大

世界大会で陸上のトラック種目「日本人初」を含む2つのメダルを獲得し、輝かしい実績を残してきた為末大さん。今年2012年の6月に現役を引退、その後もTwitterなどネットやメディアを通じて自らの考えを発信し続けています。そんな為末さんが語る勝負論。NHKで働く若手が集まる「ジセダイ勉強会」を取材しました。

為末 大 (タメスエ・ダイ)

1978年生まれ。元プロ陸上選手。シドニー、アテネ、北京五輪に出場。世界選手権では2001年エドモントン大会にて3位に入り、トラック競技で日本人初のメダル。2005年ヘルシンキ大会でも銅メダルを獲得。著書に『走りながら考える』『走る哲学』など。

神原 一光 (カンバラ・イッコウ)

1980年生まれ。NHK放送総局 大型企画開発センター ディレクター。主な担当番組に「NHKスペシャル」「週刊ニュース深読み」「しあわせニュース」「おやすみ日本 眠いいね!」。著書に『ピアニスト辻井伸行 奇跡の音色 ~恩師・川上昌裕との12年間の物語~』(アスコム)、最新刊は『会社にいやがれ!』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

大切なのは変化すること

神原  本日の勉強会には、「世界のトップアスリート」がお越しになって下さいました。為末大さんです!(会場大拍手)。為末さんといえば、プロ陸上選手としての実績もさることながら、競技を通じて培ってこられた物事に対する考え方や、哲学、思考様式といった陸上トラックの外での姿にも、大変な魅力を持っていらっしゃいます。今日はその辺りについて、存分にお話しいただけたらうれしいです。では、よろしくお願い致します。

為末  僕は25年間という長い現役生活を送りまして、二度のメダルを取りました。今年6月に引退しまして、あらためて自分の陸上競技人生を振り返ってみると、いくつかのステージがあったなぁと思います。そのなかで、いちばん大切だなと思った事は“変化すること”です。競技をやっていくなかで気づいたことは、自分のモチベーションというものは、そのときどきに応じて大きく変化するということです。

いちばん最初は、“走るとおもしろい!”という純粋なところから始まります。子どものころは、ほかの子よりも速く走れると「為末くん、すごいね」と大人が褒めてくれるんですね。さらに小学校で足が速い男の子は女の子にももてるわけです(笑)。うれしくなって、どんどん走りますよね。そのうち中学2年生のころでしたでしょうか、全国大会で4番になったときに親戚のおばちゃんが僕に「これで高校に入れるね」と言いました。僕はあんまり頭が良くなかったので「そうか、足が速いと高校に入れるのか」と思ってさらにがんばるわけです。そんなこんなで“走ることはたのしい”というモチベーションで高校と大学、さらには大阪ガスという大きな会社にまで陸上で入ることができました。

しかし、社会人として陸上を続けていると「何のために走っているのかなぁ」という気持ちになります。「ちょっと、しんどいかな」って思うようになってからは早くて、会社に入ってから1年半ぐらいしたところでプロになりました。その当時でも陸上のプロ選手は珍しかったと思います。当たり前のことですが、プロ選手は速く走ると、それだけ収入が増えます。もちろん負けると収入は減りますが、「がんばればお金が手に入るぞ。これはおもしろいぞ」と一生懸命に走りました。そのうちに速く走って実績を上げるとテレビに出られるようになって、スポーツ選手として有名になれるんですね。有名になるとみんなが褒めてくれる。そしてまた、どんどん走るわけです。

20代の後半まではそれでよかったのですが、それぐらいの年齢から「がんばっても、うまくいかない」という壁にあたります。要するに自分の肉体が衰えてしまいます。人間の肉体は衰えるもので、その先に老い、そして死がある。この事実には誰も逆らえません。そうすると、いくらがんばっても成績は伸びない。むしろ維持することで精一杯になります。そこから「何のために僕は走るのだろう」と真剣に考え始めました。

陸上だけではなくスポーツの世界はどこでもそうなのですが、一度トップに立った人間は結構自分のパワーみたいなものに敏感になります。陸上競技場で走る度に自分の筋力が失われていく。そんな世界です。そして、パワーを失っていく選手からは人の興味は離れていくものです。陸上選手として自分が小さな存在になっていくことを肌で感じながら、「なぜそれでも自分は走るのだろう」と向き合う日々が30歳から、引退をした34歳までの間にありました。

そこでたどり着いた僕の原点は、やっぱり“走るのが単純におもしろい”という小学校の日々でした。原点に立ち戻ってからは、すごくシンプルになりました。何かの為じゃなくて、力いっぱい走りたいから走る。これでいいんじゃないかと現役の最後の方に行き着いたんです。ピークを過ぎたこの年齢でも、自分の納得がいくレースがしたい。そんなモチベーションで引退までの日々を駆け抜けました。

こう選手生活を振り返ってみると、感覚的にはグルっと周ってきて、最後に一周回ってゴールした感じがします。「走るのがシンプルにたのしいことが大事だ」という話がしたいわけじゃありません。つまり、大切なことは、そこに居続けないで、その都度ごとに自分を変化させながら適応していくことです。そうでなければ25年もの長く厳しい陸上選手の競技生活を耐え切ることはできなかったと思います。グルっと一周回ってきたことに意味があったのではないか。引退するときにそんなことを思いました。

なぜ勝負を諦めてはいけないのか?

Q:「為末さんは敗者について、どう思いますか?」(ジセダイ勉強会参加者)

為末  敗者に対する意識がなかったわけではありませんが、 正直に告白すれば、選手生活の前半は「やれば出来る、為せば成る」と考えていました。つまり、「やれば出来るのだから、出来ないのはやっていないからだ」ということです。諦めなければ夢は叶うのだから、夢が叶っていない人は諦めたからだ、というロジックと同じです。しかし、30歳ぐらいの年齢から競技人生も肉体の下り坂にさしかかり、「そうか、がんばっても勝てないのか」と思ったというのは先ほどの話のとおりです。僕が勝負に勝てないのは、僕ががんばっていないからではないと。

自分自身が若いころに勝ち続けていたという事は、もしかしたら誰かが自分に負けて引退をしていたということなのかもしれない。ある試合で負けた時に、ふとそのことに気がついたんです。そう考えると、自分が勝ち続けたことも、もしかしたら“たまたま”かもしれない。足が速い体で“たまたま”生まれただけかもしれない。僕には持って生まてきた速く走る才能があるのかもしれない。じゃあ、少しの才能を持って生まれた自分自身の役割は何だろうか? そんなことを考えるようになったんです。

イギリスに「ノーブレス・オブリージュ」という言葉があります。騎士道の根幹でもあるのですが、僕なりにざっくりと言えば“持てる者の責任”です。身分の高い家に生まれることもあれば、貧しい家に生まれることもある。それはサイコロを振るようなもので、誰がどの家に生まれるかは選べない。だからこそ、生まれた人間にはそのポジションにいる責務があるのではないか。そう考えた時に、僕のなかでストンと何かが落ちた感じがしました。

スポーツ選手は「なぜ自分が負けたのか」をよく分析します。スタートの姿勢が悪かったからだとか、風が強かったからだとか、分析することで次回に活かせるという意味においては、短期的にはとても意味があります。でも、もっと根幹の部分で、勝ったか負けたかということ自体には、実はほとんど理由はありません。言い換えれば、“無常感”のような感覚なのだと思います。たとえば、オリンピックの金メダルはたった一つしかないのに、何千人、何万人というスポーツ選手がそれに向かって競います。それなのに「諦めなければ、夢は叶う」と金メダルを取った選手はよく言いますよね。残り9999人が金メダル取れていないんだから、そんなの嘘じゃないかって話です。

それでも勝負しなければいけない。もちろん、勝者がいれば敗者がいるわけで、負ければ金メダルの夢は叶わないのですが、絶対に報われはします。これは断言できる。引退した今だから言えることでもあります。僕も選手生活は25年もありましたから、長く人生を生きてみると「あの結果で良かったな」って思うような報われ方が必ずあるんです。

敗者についてどう思うかの答えになっているかどうかはわかりませんが、敗者になっても勝負を諦めてはいけない。そう思います。

勉強会の空気は真剣勝負そのもの。

ルールを作った者が強い

神原 為末さんはアスリートとしてメディアと関わってこられました。世界のメディアが激変する中で、これからの日本のメディアはどんな考えを持って置く必要があるでしょうか?

為末  ハリウッド映画ってありますよね。アメリカは映画の利用の仕方がとても上手い気がします。ハリウッド映画を見ると「アメリカってすげえ」となるような、そんなメッセージが潜んでいる感じがするんです。そうした“思い込みを作り出す”という点をスポーツに置き換えると、“ルールを作った者が強い”ってことなんです。

昔、背泳ぎに“バサロ泳法”というものがあったことをご存じでしょうか。1988年のソウルオリンピック100m背泳ぎで鈴木大地選手が、バサロで泳ぎ金メダルを取ったことで有名なのですが、水の中に潜ったまま進む泳ぎ方です。実は、バサロ泳法はソウルオリンピックの直後に、背泳ぎの潜水距離を10mと制限するルールの改正が行われました。水泳の選手たちがどうやってバサロ泳法で長く潜ったまま泳ごうかと考えながら一生懸命に練習している、まさにそのときにもルールは変わるのです。

オリンピックに出場したときにすごく感じたのですが、各国はルール作りにおいても競争を繰り広げています。陸上はルールが変わることはあまりありませんが、たとえば柔道にしてもスキーやスケートにしても、「選手たちがこのルールに適応してきたから、じゃあこっちのルールに変えよう」みたいなことが常に行われているわけです。

それってビジネスの話で言えば音楽業界にiPodやiPhoneが登場したことと同じですよね。CDのコピーガードをどうしようかと音楽業界が考えている間に、音楽配信のプラットフォームそのものを作ってしまう。そうするとアップルが作り出したルールの上でしかどう戦うかを考えられなくなります

ちょっと質問に答えてないかもしれませんが(笑)。 “ルールを作った者が強い”。これはメディアにも通じる話かなと思いました。

人との対立を恐れずに主張する

Q:「為末さんはこれから何をするのでしょうか?」(ジセダイ勉強会参加者)

為末  スポーツ選手には「引退した後のセカンドキャリアをどうすればいいのか」という問題がありまして、みんな苦しみます。僕は引退する前から比較的に色んな活動をしてきていますが、やっぱり自分の中で陸上がなくなったらどうしようという迷いはありました。ほとんどの選手は自分の人生における貴重な時間のほとんどをスポーツの練習に費やしていますが、それがプツッとある日、突然になくなってしまう。選手にとってはとてもこわいものです。

僕も引退したらとにかく何か活動をしようと思い、始めたものの一つが「爲末大学」です。日本からも議論の出来る人を育てたい。その一心からスタートしました。実はこの爲末大学は、競技のなかで感じていたことと一直線につながっています。

きっかけはアメリカにいて体験したことです。陸上競技のレーンは8個しかありません。当然、プロが走る海外のグランプリではレーンは取り合いになります。陸上競技というものは決勝を走るチャンスが一回しかないわけですから、選手はみんな必死なわけです。おもしろいことに、そのレーンの取り合いは結構選手同士のディスカッションで決まっていくんですよね。最初、僕はちょっとそういう文化が信じられなくて最初の頃は黙っていました。しかし、黙っているだけでは陸上競技で良いレーンと言われている3、4、5レーンはすぐに他の選手に取られてしまう。実際に、一人静かに待っていたら、勝手にあまり有利ではない1レーンにされたことが何回もあります。

そこでは人との対立を恐れずに自分の主張をして、他の選手とどこかで折り合いをつけなければいけません。日本は日本で奥ゆかしさがあるというか、和を重んじることを尊いこととする文化があり、それはそれで素晴らしいことですが、残念ながらスポーツは国を超えて競うものであり、現実には日本のような奥ゆかしさが通じる国はありません。だからこそ、自分なりに論点を整理して主張していくなど、ディスカッションの練習が日本人には必要なんじゃないか。そう考えて、爲末大学をつくりました。今は試行錯誤ですが、単に欧米式のディスカッション方法を真似していても良くないので、日本式のディスカッションスタイルのようなものがつくれたら素晴らしいなぁと考えています。

最後に

為末  為末 最後になりますが、2012年11月22日には『走りながら考える 人生のハードルを超える64の方法』という新しい本を出します。僕なりに考えながらやってきたことを、ビジネスパーソンの方々に届く言葉でつくりました。これからも自分なりに考えたことを発信しながら、議論の出来る人を育てていきたいと思っていますので、よろしくお願い致します。ありがとうございました。





Q:「ジセダイ勉強会」ってどんな勉強会でしょうか?(ジレンマ+編集部)

神原  20・30代の次世代を担うキーパーソンたちを毎回ゲストに迎え、仕事や世の中をどう捉え、どう向き合っているのか、そしてメディアに期待する事などを伺い「明日のテレビ」へのヒントを探るNHK局内の勉強会です。企画・運営メンバーも、参加対象者もゲストと同じ20・30代の職員です。ジセダイによるジセダイのための勉強会を目指しています! 勉強会の模様は、今後も続々アップされる予定です。お楽しみください。

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