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2015.04.24
2012.08.22

2つの「正しさ」を使い分ける―歴史学は役に立つのか? 與那覇 潤 第2回(全3回)

歴史を学ぶことによって、現代社会が抱える問題に「対案」は出せるのだろうか――? NHK「ニッポンのジレンマ~民主主義の限界?」に出演し、歴史研究の蓄積を実践の場へと導き出した、新世代の歴史学者・與那覇潤。危機の時代だからこそ有用な、未来志向の歴史の学びとは。「使える」歴史学を身につけるための心構えを説く。

與那覇 潤 (ヨナハ・ジュン)

1979年生まれ。歴史学者。愛知県立大学准教授。専門は日本近現代史。著書に『翻訳の政治学』(岩波書店)、『帝国の残影』(NTT出版)、『中国化する日本』(文藝春秋)、『史論の復権』(新潮新書)、共著に『「日本史」の終わり』(PHP研究所)、『日本の起源』(太田出版)など。

事実認識としての「正しさ」と道徳的価値判断としての「正しさ」

Q,日本人は、歴史観の話になるとなにかムキになりがち。そうならないためには、どんな訓練を積めばいいのでしょうか。

A,ムキになってしまう理由のひとつが、まさに前回まで述べてきたような「存在」と「当為」の混同だと思います。歴史じたいは、そもそも当為=「あるべき」が現れてくる場所じゃない。ところが、日本人は歴史に「あるべき」を求めてしまって、それが否定されるとムキになって怒るわけでしょう。趣味の世界の「戦国武将はもっとカッコよかったはずだ!」から、政治の問題が絡んでくる「日本軍が虐殺なんてしてるはずがない!」まで、怒り方はいろいろですけど(笑)。

 東京大学の小島毅先生が書かれた『靖国史観――幕末維新という深淵』(ちくま新書、2007年)などを読むと、歴史を「あった」ことではなく「あるべき」ことが語られる場所だと勘違いしてしまう発想は、そもそも中国の儒教的名分論が起源なのだということがわかります。
 中国では昔から、歴史とは「ある王朝がしかるべくして起こり、しかるべくして滅ぶ」ありさまを記述するものだったので、その発想を受け入れた日本でも、「正しきものが正しいがゆえに勝利し、誤ったものが誤っているがゆえに滅亡する」、それが歴史だ、という思い込みが根づいてしまった。

 儒教の影響が日本で拡大するのは江戸の後期からで、『大日本史』を生んだ水戸藩がその震源地でした。こういう思想は「つまり、正しければ負けるはずがない」という精神論に転化しやすいので、そのエネルギーで当初は絶対不利だった尊王攘夷派が勝利をもぎ取ったのが明治維新で、逆に同じ勢いで突き進んでボロボロに自滅したのが大東亜戦争。自分の本が『中国化する日本』と題されているゆえんです。近代日本は、『西洋化する日本』だなんていえるものじゃなかった(笑)。

 こうして戦争に負けて、日本人は何も反省しなかったわけではないのだけど、この一番「反省」しないといけない部分――「である」と「であるべき」は分けて考えよう、という本当の教訓には思い至らなかったんですね。むしろ、「負けたのは、『正しくなかった』からだ」という形で「反省」したので、今度はひたすら日本の「正しくなさ」ばかりを連呼し続けるのが「正しい」歴史だということになっちゃった。

 本来、戦争の勝ち負けって第一義的には軍事力の問題で、正しかろうが弱ければ負けるし、正しくなかろうが強ければ勝つんじゃないかと思うんですけど。少なくとも、事実認識としての「正しさ」と、道徳的価値判断としての「正しさ」くらいは、一回しっかり使い分けよう。そういう思考の訓練が必要なのかなと思います。

Q,自分で問いを立て、自分なりの回答を出すことが苦手です。どうすればいいのでしょうか。

A, 「これからの時代は人に教わってばかりではなくて、自分の頭で考えることが大切だ」というと、「わかりました! でも、じゃあどうやったら自分の頭で考えられるのか教えてください」になってしまうのは、おそらく教育現場で毎日起きている「ニッポンのジレンマ」でしょうね(笑)。

 自分も教員としての経験が浅いので、これが特効薬だ!という処方箋を持っているわけではないのですが、たぶん、「おのずと自分で問いを立てざるを得ない」ような状況を経験することが大切なのかな、と思います。具体的なアドバイスの形でいうなら、「最初からわかりそうな」ものには群がるな。「最初はわからない(が、頑張ればわかるようになりそうな)」ものにだけ、お金や時間を使おう。

 自分が大学の授業で『西洋化する日本』ではなく、『中国化する日本』という形で歴史を教えているのは、まさにそのためなんですよ。日本は「西洋化」してきたんです、だなんて話を聞いたって、「うんうん、そうですね」としか思わない。何度も耳にしたことがあって、なんの抵抗感もなく飲み込めちゃう話だから。

 逆に、そういう事前の了解や通念に反する語り口だからこそ、「実は、西洋化なんてウソで中国化だったんだよ」と言われたら、問いを立てざるを得なくなるでしょう? 「それ本当かよ?」「本当かどうか調べるには、何を読めばいいんだ?」「読んでみたところ、どうやらここまでは本当らしい。でもそこから先はどうなんだ?」「いろいろ調べてみて、納得できる部分は納得できた。でも、それでも残る違和感はなに?」……そうやって、一歩一歩ずつ進んでいってくれたらいいな、と思っています。

第3回 日本人が「暫定解」を手に入れるには に続く

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