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2015.04.24
2013.08.26

「NSC」と「NSA」の違い――インテリジェンスに関するジレンマ【第5回】:小谷 賢

今年のはじめに起こったアルジェリアの人質事件は、日本政府の危機管理に対する様々な問題点を浮かび上がらせました。安倍政権のもとで日本版NSC(国家安全保障会議)の創設に対する気運が高まるなか、はたして国家や組織は情報をいかにして扱うべきなのでしょうか。インテリジェンスに関するホットな議論を、情報史の第一人者である小谷賢さんに解説していただきます。

小谷 賢 (コタニ・ケン)

1973年、京都府生まれ。防衛省防衛研究所戦史研究センター主任研究官。専門は、イギリス政治外交史、インテリジェンス研究。著書に『イギリスの情報外交 インテリジェンスとは何か』(PHP新書)、『インテリジェンス 国家・組織は情報をいかに扱うべきか』(ちくま学芸文庫)、『日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか』(講談社選書メチエ)など。

■NSCとNSAはどう違う?

 最近のエドワード・スノーデン氏の事件を受けて、筆者のところにも何度か問い合わせがあったが、その中には「日本もNSAの設置を決めたそうですが大丈夫ですか」というのもあった。これは我が国が年内の設置を予定している国家安全保障会議(NSC)とスノーデン氏が一時的に所属していたとされる米国家安全保障局(NSA)を取り違えたものだろう。最近の新聞や雑誌の論考などを読んでいても、「日本版NSA」という記述が目につくことから、どうも日本ではNSCとNSAが混同されているのかもしれない。この二つの組織は名前こそ似ているが、その任務や機能は全く異なる。今回はこの両組織について解説していく。

■戦略を絞り込んでリーダーに提示する「諮問機関」

 まず国家安全保障会議(NSC)とは、平たく言えば政治リーダーたちが国の外交や安全保障の戦略を決定する場のことである。よくテレビのニュースなどで、アメリカ大統領が閣僚や政府高官を集めて会議を行う様が放映されるが、あれがNSCの閣僚級会議である。会議はホワイトハウスの地下に設置されたシチュエーションルームで開かれることが多い。NSCは米国に固有のものではなく、欧米諸国やロシア、韓国などにも同様の組織が設置されており、その多くは国の中長期的な戦略を検討し、政治リーダーに助言することを任務としている。

 大統領のような政治リーダーの立場から見た場合、NSCは国の戦略の選択肢を提示してくれる組織でもある。大統領の職務は朝から晩まで政治的な課題を検討し、決断することに追われる。オバマ大統領は毎朝決まったスーツしか着ないそうであるが、これは朝からスーツを選ぶのに頭を使いたくないからだそうである。このように超多忙な大統領はいくら国の戦略に関わることとはいえ、あまり頭のキャパシティーをそちらに専念させるわけにはいかない。そこでNSC事務局が大統領の代わりに国の戦略を検討し、なるべく議題を絞り込んだうえで大統領に提示するのである。大統領に上げられる議題は大抵、「黒か白か」、「AかBかCか」くらいに絞り込まれているという。つまりNSCの機能の一つは、複雑怪奇な国の戦略を検討し、それをなるべく絞り込んで国のリーダーに提示することなのである。いわゆる「諮問機関」というやつだ。

■ブレーキかアクセルか

 他方、英国のNSCや日本のNSCにあたる安全保障会議はやや性格を異にしている。実は英国がNSCを設置したのは2010年と最近のことだ。英国では伝統的に戦争などになると戦時内閣というものを立ち上げ、戦争指導を行ってきた。この戦時内閣は首相と数人の閣僚で国の方針を決定できるものであり、戦時に柔軟で迅速な決断が下せるという利点がある。1982年のフォークランド紛争の際、サッチャー首相はわずか4名の閣僚と戦争を指導した。

 その後、ブレア政権下になるとこのやり方が平時にも行われるようになった。つまり首相と数人の閣僚やアドバイザーのみで国の様々な決定を下すというやり方だ。ブレア政権では常時20名以上の閣僚が任命されていたが、迅速な決定を好むブレア首相は側近との話し合いだけで決定を下し、閣僚にはその後追認してもらうという政治運営を行った。これだと閣内からの反発をほとんど考慮しなくてよくなるので、確かに迅速な決定は可能だが、逆に首相が独断的に物事を進めることが可能になってしまう。その結果、2003年のイラク戦争の際に、ブレア首相がごく少数のアドバイザーとのやり取りだけで戦争を決断したことが、後に批判されることになってしまった。そこで英国政府は2010年にNSCを設置し、首相、外相、国防相などによる外交・安全保障政策の決定過程を制度化した。つまり英国のNSCは首相が暴走しないように、ブレーキの役割を有しているのである。ブレア首相はアクセルをふかしすぎたというわけだ。

 これに対して1986年に設置された日本の安全保障会議は、諸外国のNSCと同じように安全保障問題や緊急事態について議論する場である。ただしこの会議は何か審議事項が生じた場合に開かれるため、不定期開催であり(これまで年間2~17回と幅がある)、さらには文民統制の見地からブレーキの役割を重視している。具体的には、外交や安全保障分野が議題となるにもかかわらず、経済産業相や国交相といった閣僚まで9人が出席し、そこで論じられた議題がさらに閣議にかけられて承認されることになる。これは首相が独断で決められないように、安全保障会議はブレーキの役割、それもかなり強力なブレーキを利かせていると言える。そこで現在、日本が設置を検討しているNSCは、首相、官房長官、外相、防衛相による機動的な4大臣会合を定期的に開催し、より柔軟に国の戦略を政治主導で検討していこうというものである。おそらく米国型の「大統領に仕える諮問機関」としてのNSCが志向されているのだろう。

■米軍傘下の通信傍受組織

 それに対して、今話題となっているのは、エドワード・スノーデン氏が一時的に所属していたとされる米国家安全保障局(NSA)のほうだ。こちらは軍傘下の通信傍受専門の情報組織であり、有名な米中央情報庁(CIA)をも凌ぐ巨大組織だ。NSAは英国の政府通信本部(GCHQ)などとも連携し、「エシュロン」と呼ばれる世界大の通信傍受を行っていることでも知られている。スノーデン氏の暴露で問題となっているのは、NSAが無断で米国民の個人情報を集めていたという点にある。米国の情報機関は、米国の一般市民を情報収集の対象とすることを法律で禁じられているため、今回の暴露が本当だとすれば、NSAは違法行為を行っていたことになる。2001年の9.11同時多発テロ以降、CIAやFBIなど米国の情報機関は、テロ調査を名目に、米国内で米国市民に対する調査を行うようになった。調査のためには一応、裁判所からの許可が必要ということになっていたが、許可が下りなかった事例はほとんどない。そのため米国内では情報機関が米国市民のプライバシーを過度に犯しているのではないかとの批判も聞かれるようになっていた。そのような中でスノーデン氏がNSAの「プリズム」(世界中のウェブサイトやソーシャルメディアの個人情報を監視するシステム)の存在を暴露したことは、米国に衝撃を与えることになったのである。恐らく今後は、情報機関から個人のプライバシーを守るような、なんらかの防御手段が立法化されていくことになるのだろう。

■鍵はビッグデータの処理

 他方、NSAを中心とする「エシュロン」は、世界中から情報を集め、それをふるいにかける、いわゆるビッグデータ処理のトップランナーだ。「エシュロン」の傍受システムは、数時間で米国議会図書館に保存されているデータに匹敵するような情報量(100テラビット)を収集しているとも言われており、これほどの膨大な情報をどのように保管し、処理しているかは謎である。通信傍受や暗号解読のノウハウは確かに重要だが、今はむしろ集めた情報をどのように処理していくかが大きな鍵となっている。

 NSAはこれまで莫大なコストをかけてビッグデータの処理方法を検討してきたようであるが、最近の「ハドゥープ(Hadoop)」のようなソフトの登場によって民間でも膨大なデータの迅速な処理が可能となってきた。恐らくこれからは、ビッグデータの収集、保管、処理が最重要の課題となり、それを制したものが力を握るようになるのだろう。巷ではデータサイエンティストがもてはやされる傾向にあるが、むしろ「ハドゥープ」のような仕組みを考え出した者がデータ戦争を制するのではないか。

 そう考えるとNSAという組織は「エシュロン」を束ね、さらには今回の「プリズム」に協力したとされるマイクロソフトやグーグル、フェイスブックなど世界に名だたるIT企業との関連も噂されているため、NSCとは別の意味で今後の米国の世界戦略の鍵を握る存在であるとも言える。

 かつてのインターネットのように、まずは米軍や情報機関で培われた技術がしばらくして民間に転用されてきた経緯を知れば、これからもNSAの動向からは目を離すことができない。ただし「日本版NSA」については全くの白紙ではあるが……。

【第6回】に続く…

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