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2015.04.24
2014.11.21

「情報って何だ? WEB2.0は今」番組収録後インタビュー:ドミニク・チェン

2014年11月30日(日)0:00~01:00[11月29日(土)深夜]放送予定のニッポンのジレンマ「情報って何だ? WEB2.0は今」収録後、ドミニク・チェンさんにインタビューを行いました。

ドミニク チェン

1981年生まれ。フランス国籍。株式会社ディヴィデュアル共同創業者/取締役。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。NPO法人コモンスフィア理事として、新しい著作権の仕組みの普及に努めてきた他、「いきるためのメディア」の創造をモットーに、ビジュアルコミュニケーションアプリ「Picsee」などの様々なソフトウェアやサービスの開発に携わる。また、様々な媒体でメディア論を中心とした論考を執筆。主な著書に『インターネットを生命化する プロクロニズムの思想と実践』(青土社)、『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』(フィルムアート社)。近刊の監訳書に『みんなのビッグデータ リアリティ・マイニングから見える世界』(NTT出版)。

――今回の番組で“最も伝えたかったこと”は何でしょうか。

ドミニク  それは番組の最後でも引用した高杉晋作の「面白きこともなき世を面白く」という表現です(笑)。個人的には、いま私たちが生きている時代はかつてなく面白いものだと感じています。情報技術については、変化の速度が激しいこともあり、とかくネガティブな事象に注目が集まりやすいかと思うのですが、一緒に「面白く」していこうとする人々が増えれば、問題解決だけではなく新しい価値の創造も生むことにつながると考えています。
 情報技術の発展については、まだまだマスメディアの報道などでは一部の情報エリートが推し進めているものというイメージが広げられてしまっているように感じます(これも厳密なジャーナリズム的な研究を行っているわけではないので印象論に過ぎないのですが)。若い人と話していても、理系と文系の分断を自分たちで必要以上に意識している人が多いようにも思います。
 番組の中でも一瞬話題にのぼりましたが、理系と文系という区別は意味がないという以上に、非常に不毛です。文系出身の優れたエンジニアもたくさんいますし、理系出身で例えようのない感性を持っている人も多くいます。
 たしかに情報技術はこれまでは理系出身者の独壇場だったかもしれません。しかし、スマートフォンやスマートウォッチなどのように情報技術が私たちの身体と同化していく動向を考えれば、より「人間」の本質を捉え、魅力的な提案ができる人が活躍する時代になります。その時、より必要となってくるのは情報側の論理を知りながらも、人間中心の世界観を展開することではないでしょうか。

――今回の番組で“興味を持った、あるいは、印象に残った発言や話題”はありましたか。

ドミニク  寸さんの「うるおい」というキーワードにとても共感しました。情報技術の開発の現場や、それを紹介するマスメディアの言説には、たしかに「うるおい」が足りません。本来は人間の文化の一部として捉えるべき情報や技術という概念を、もう一度人間の情緒的な感性で捉え直す。そのような発想が必要とされていると日々感じています。

――「スマホ1.0」時代の可能性と課題をお聞かせください。

ドミニク  番組では「スマホ1.0」と表現しましたが、より正確にいえばすでにスマホ2.0の時代に入ってきていると言えるかと思います。それは「モノのインターネット」(Internet of Things, IoT)の概念を実現する上での主要な構成素がスマホに他ならないからです。
 ウェブ2.0まではウェブという情報空間に止まっていた情報技術の効能が、スマホの登場によってコンピュータが身体と密接化し、人間のサイボーグ化が推し進められました。それでも最近になってセンサー系や非接触通信技術などのインターネット以外の情報通信がスマホと連動するようになるまでは、より頻繁にデジタル情報にアクセスするためのツールに止まっていたのではないでしょうか。
 今後は、情報を引き出すための道具としてだけではなく、私たちの身体の活動と医療的なサポート、友人や知人もしくは会ったことのない人たちとの交流の支援、そして自らの思考や表現活動の計測といった、より次のアクションを引き起こす役割が注目されてくると思います。
 このスマート化する時代の課題と可能性は、先の質問への回答ともつながりますが、スマート化できない人間の部分とどう折り合いをつけていくかということかと思います。言い換えれば、全てが合理的にスマート化された世界というものに人間の脳と身体は耐えられるのか。「人工知能が人類の最大の問題になる」というホーキング博士たちの警鐘には、コンピュータと対になる人間の側の問題を考えなければならないということが含まれているでしょう。

――(進化するウェブとの関わりという点で)今後のご自身の目標を教えてください。

ドミニク  すでに10年以上前に哲学者であり科学者でもあるアンディ・クラークが、『Natural Born Cyborgs』(「生まれながらのサイボーグ」、未訳)の中で私たちは携帯電話によってすでにサイボーグになっていると指摘していましたが、それは現代でも進行中の現象だといえます。それは、私たちがこれから変化しようとしている「新しい人間」の実態(そしてそれは人類が常に新しい技術と共に経てきた変化でもあります)について誰にも正確に予測はできないということも含まれています。
 そう考えると、私たちは新しい技術を開発すると同時に、私たち自身を作り替えていると捉えることもできます。であれば、その作り替えの現場に身を置いて、作りながら考えるという方法を採っていきたいと考えています。その際の指針としていつも考えているのが、かつて音楽家のブライアン・イーノが「コンピュータの問題は、そこにアフリカが足りないことだ」(The problem with computers is that there is not enough Africa in them.)と発言したことの逆数的な表現としての「人間の自然に寄り添うコンピュータ」という言葉です。新しい技術の種というのは日々の開発のなかで偶然的にたくさん生まれるものですが、それらをふるいにかける際に「それは人間にとって自然なことか」「身体が耐えられるものなのか」といった基準で考えることができます。
 進化という言葉は本来「変化」(evolution)にすぎません。技術をつくることで変化が起こるのであれば、生物界における自然淘汰のように、無数のアイデアが淘汰され、強いアイデアが生き残ります。その「強さ」の定義は人間自身が選び取るものです。これからも対話を通して、あるべき「強いアイデア」の構築に携わっていきたいと思います。

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