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2015.04.24
2013.05.23

「“いいね”時代のツナガリ論」番組収録後インタビュー:濱野智史

2013年5月26日(日)0:30~1:30〔土曜深夜〕放送予定のニッポンのジレンマ「“いいね”時代のツナガリ論」収録後、出演者のみなさんにインタビューを行いました。

濱野 智史 (ハマノ・サトシ)

1980年生まれ。批評家・株式会社日本技芸リサーチャー。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員を経て現職。専門は情報社会論・メディア論。著書に『アーキテクチャの生態系』(NTT出版)、『前田敦子はキリストを超えた―〈宗教〉としてのAKB48』(ちくま新書)。共著に『希望論』(NHK出版)、『AKB48白熱論争』(幻冬舎新書)など。

――空気を読む、読まないという議論がありましたが、ご自身はどう思われましたか? また、なぜそう思うのかなどをざっくばらんに教えてください。

濱野  だいたい有識者とか知識人とか、頭が良くて偉そうな人達って、「空気を読む」のはよくないという結論ありきで議論をしがちだと思うんです。収録中もいろいろ言いましたけど、まあ確かに山本七平が『空気の研究』で日本が戦争に負けたのは空気に支配されてて誰も反対意見を自由にのべられなかったからだ、みたいなことを指摘していらい、「空気」は完全に日本では悪者扱いです。
 でも、僕は天邪鬼な性格なので、そういう「『空気読むのは良くない』という空気」が気に食わないんですよね(笑)。だから番組でも、「空気を読む」のって、要は言葉でがんじがらめの議論や契約結んだりするのに比べたら意思疎通のスピードが超早くて効率的ってことだから、それで済む場面はそれでもいいんじゃないってことを言いました。要は空気もハサミも「使い道次第」だと思うんですよね。
 それに「これからは日本社会も空気読むのやめようぜ」とか言ったところで、「お、これは空気読むのやめたほうがいい空気かな?」っていう空気の読み合いがまた始まるだけでしょう(苦笑)。空気を読むのをやめたかったら、単に空気を本当に読まない異質な人が沢山メンバーシップに加わるしかない。空気読むもクソもない状況になって初めて、空気というものは読まなくて済むようになるのではないかと思います。

――ネット登場以後のネットワークとコミュニティの議論がありましたが、ご自身はネット登場以後、新しく参加された・広がったコミュニティなどはありますか? その変化や可能性などについて、ざっくばらんに教えてください。

濱野  僕はこの1年くらい、アイドルオタクのコミュニティにどっぷり浸かるようになりました。その結果、完全に世界観も社会観も人間観も激変しました。最近、毎日アイドルの現場に行ってますが、こんな面白い社会秩序があるのかと日々驚きの連続なんですね。だから今回の番組のように「繋がり」という話題になっちゃうと、もう口から出てくるのはアイドルのことばっかりなんですよね、すみません(笑)。
 アイドルだなんて、ネットの登場と一見関係ないように見えるかもしれませんが、いまのアイドルというのは、AKBもそうだし、それより全然知名度のない地下アイドル(リアル系アイドルとかライブアイドルとか呼び名はなんでもいいのですが)もまさにそうなんですが、「会いに行けるアイドル」どころか「何度も会うことで〈ソーシャルな関係性〉を構築できる」のがポイントなんですよね。「ソーシャル・アイドル」とでもいえばいいのか。
 昔はアイドルといえば、テレビに出て晴れやかな舞台に立つ「手の届かない〈向こう側〉の存在」でしたけど、いまや首都圏であれば、毎日どこかしらでアイドルの「現場」(ライブイベントなど)があって、何かを買えば「接触」(握手したりチェキを撮ったり)をすることができる。それこそ何回か現場に通って、握手をして、ブログにコメントしたりツイッターをフォローしたりすれば、あっという間にファンの一人として顔と名前を覚えてもらえてしまうんです。変な話、ちょっとした友人なんかよりもよっぽど会う頻度も多くなってしまう(笑)。
 メンバーとだけではなくて、何度も現場に行っていれば常連ヲタとも自然に顔見知りになって、お互い名前は知らないけど、挨拶したり笑い合ったりするような関係になったりする。いわばアイドルが媒介となって、コミュニティが出来上がっていくんです。これはすごい面白いコミュニティで、ただ「趣味が一緒の人達が集まった共同体(≒同好会)」よりも、もっと紐帯が強くて、自治意識が高いんですね。メンバーのためにいろいろ考えて、ヲタ同士でボランティア的なことをやったりもする(たとえばメンバーの誕生日を祝うイベントを企画するのはそうした中でも定番です)。アイドルオタクなんて気持ち悪いオタクで社交性ないと思われがちでしょうし、もちろんそういう人もいるんですが、でもめちゃくちゃ実はまともな「社会」として成立してるんです。
 しばしば日本社会は、市民社会に必要な「自治意識」が根付いてないと言われたりしますが(「空気を読む」作法が支配してしまうのも、まさに一人ひとりがきちんと自己批判できる「市民としての自己」を確立してないからに他なりません)、一見すると公共性の欠片もないようなアイドルオタクの世界にこそ、自治意識とボランティア精神に満ちた主体が根付いているというのは、すごく皮肉なことのようでいて、僕から見ると日本社会にとって貴重な「繋がり」が垣間見える現場なんですね。