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2015.04.24
2012.10.11

宗教書ブームについて―宗教学から見る今日の社会 大田俊寛 第3回(全6回)

宗教への問いは、現代社会に必要なのか――? 2011年に『オウム真理教の精神史』(春秋社)を出版し、宗教研究の再生に挑んだ気鋭の宗教学者・大田俊寛。理論的な考察に徹することでみえてくる、現代社会の宗教の姿とは。宗教学の今日における意義と可能性を熟考する。

大田 俊寛 (オオタ・トシヒロ)

1974年生まれ、宗教学者。埼玉大学非常勤講師。著書に『オウム真理教の精神史』『グノーシス主義の思想』(ともに春秋社)など。

Q,最近、宗教の入門書や僧侶のエッセーが数多く刊行され、なかでも『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書)はベストセラーとなりました。宗教に関する書籍がよく売れているのは、なぜなのでしょうか。また、このような状況をどう評価されますか。

A,冷戦体制の終結から約二〇年が経過し、左翼か右翼か、社会主義か自由主義かという軸で政治を判断することが難しくなりました。そうした変化を背景に、今後の世界の趨勢を見極めるためには、宗教に関する何らかの理解が必要だ、と感じている人が増えつつあるのではないでしょうか。最近よく売れている宗教関連の書籍は、社会からのそうしたニーズに応えようとしているのだと思います。

 しかし、一つ問題に感じられるのは、それらの書物の多くが、各宗教の専門的研究者によって書かれたものではないという点です。橋爪大三郎氏と大澤真幸氏の『ふしぎなキリスト教』を私も一読したところ、よく言われているように、首を傾げるような記述が散見されました。数々の具体的な問題点については、ネット上で多くの読者から指摘されている通りです。橋爪氏や大澤氏は、読者からのこうした真摯な批判を黙殺せず、きちんと応答するべきだと思います。

 キリスト教は長い歴史の上に形成されたきわめて巨大な対象であり、また今でも、神学・聖書学・歴史学・宗教学といった各分野で精力的に研究が進められているため、その総体を正確に理解することはとても困難です。私自身も、学生時代から今に至るまで、基本的な事柄を知らなかったり、勘違いしたりしていたことは少なくありません。学問は全般的に、さまざまな試行錯誤を重ねながら少しずつ前に進んでいくものですから、その過程で間違いは当然起こりうることですし、避けて通れないステップでもあるんですね。むしろ問題なのは、誤りやミスリーディングな記述を指摘されながら、その批判に応答もせず、修正もしないことです。そういうことを続ければ、結果として学問そのものが社会からの信用を失い、目を背けられることになってしまうでしょう。

 また、記述の正確性の問題を別にすれば、『ふしぎなキリスト教』を読んで私が不満に感じたのは、キリスト教におけるもっとも大きな「ふしぎ」、すなわち、「キリスト教はなぜ世界最大の宗教になりえたのか」という問いに対して、この書物が明確に答えていないということでした。理想を言えば、やはりキリスト教研究の専門家がこうした問いに答えるべきですが、前々回にも述べた学問の専門分化の問題があり、専門家が大きな問いに答えることは難しい状況になっています。橋爪氏や大澤氏を非難するよりも、キリスト教の研究者は、自分たちが社会のニーズにうまく応えられていないことを反省するべきかもしれません。

第4回 宗教学初学者のための書籍案内 に続く

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