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2015.04.24
2014.03.10

消費税アップで暮らしはどう変わる?(3)増税ショックを防ぐ秘策とは――30代のための財政入門【3】

小黒 一正 (オグロ・カズマサ)

1974年生まれ。法政大学経済学部准教授。専門は公共経済学。京都大学理学部卒業後、一橋大学経済学研究科博士課程修了。大蔵省(現財務省)入省後、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て2013年より現職。財政、社会保障、世代間格差問題に関する研究と政策提言を続ける。著書に『アベノミクスでも消費税は25%を超える』(PHPビジネス新書)など。

――3月に入って、やたら宝石とかお墓の広告が目につくようになりましたけど、みんな意外とお金あるんですねえ。

小黒 消費税増税を前に、耐久消費財(家や車などの大きな買い物)の駆け込み消費を誘っているんですね。

――駆け込みって言っても、プロポーズもまだなのに婚約指輪と結婚指輪買っちゃったっていう人もいるみたいですよ。慌てんぼうにもちょっと程があるんじゃないでしょうか。フラれたらどうするんですかね?

小黒 消費に貢献しているので、いいんじゃないですか(笑)。
むしろ、問題は経済の振幅です。実は、消費増税の前後で、経済成長率が上下に振れるのは、耐久消費財などに対する駆け込み需要と反動減があるためなんです。

増税前後の経済成長率のシミュレーション

第3回成長率シミュレーション

■駆け込み需要と反動減が成長直線を折り曲げる

小黒 いろいろな民間シンクタンクが増税前後の予測をしていますが、例えば、日本経済研究センターの予測(2013年8月23日の日経・経済教室)で、この問題を考えてみましょう。

まず、増税前の2013年度の実質GDP成長率は2.7%ですが、同センターの予測では、増税後の14年度は0.2%に落ち込むとしていました。
この予測の主な原因には、補正予算の底上げ効果と反動減もありますが、駆け込み需要とその反動減も大きいのです。

実際、日本経済研究センターの予測では、
① 駆け込みにより消費は13年度実質成長率を0.5%、住宅投資は0.2%押し上げる。
② 12年度補正予算も0.6%プラスに寄与する。
③ しかし14年度には、駆け込みの反動が消費と住宅投資あわせて1%程度、補正の反動が0.3%程度、実質成長率を押し下げる
との説明をしていました。

つまり、まず、補正予算の底上げ効果(0.6%)と反動減(▲0.3%)の影響を取り除くと、2013年度の実質GDP成長率の予測は2.1%(=2.7-0.6)、14年度は0.5%(=0.2+0.3)となります。
さらに、消費増税の駆け込み需要(0.5%+0.2%)と反動減(▲1%)を取り除くと、2013年度の実質GDP成長率の予測は1.6%(=2.1-0.5-0.2)、14年度は1.5%(=0.5+1)となり、民間シンクタンク等が自然な成長率とする1%に近い値となります。

■ 住宅投資の影響はけっこうデカい

――では、2年スパンで見ると、成長率はならされるんですね?

小黒 そうなんです。にもかかわらず、消費増税が実質成長率を大幅に屈折させるように見える一つの原因は、駆け込み需要(0.5%+0.2%)と反動減(▲1%)で、成長率が1.7%も上下するからなんです。

――上のグラフでいうと、「ガクっ」と線が折れ曲がっているところですね。「ショック受けてる!」っていう感じがします。

小黒 駆け込み需要と反動減が発生する理由は、先ほども言ったように、住宅や自動車・テレビといった耐久消費財などに対する購入の前倒し、すなわち駆け込み需要なんですよ。なかでも、何の影響が大きいと思いますか? ヒントは、人生で最も大きな買い物。。

――えーと……。あ、家ですか?

小黒 そうです。住宅投資の影響が最も大きいんですよ。

――やっぱりあるところにはあるんですねえ。

小黒 駆け込み需要とその反動減。結局ならされるとはいえ、急激なショックはなるべく避けられたほうがいいですよね。 前回、「ショック緩和」の旗印で何兆円も補正予算が積まれているのを見ましたが、 実は、元手をかけずにショックをやわらげるアイデアがあるんです。

――そ、そうなんですか!?

小黒  はい、住宅と消費税の関係に絞って、ちょっと考えてみましょう。
まず、住宅に対する消費税の課税方法で問題になるのは、住宅消費を「フロー」とみるのか、「ストック」とみるのか、という視点の違いです。

―― なんですか? 「フロー」とか「ストック」って?

小黒 「フロー」というのは、流れていくもの、それに対して「ストック」というのは、たまっていくもの、というイメージでとらえていただければと思います。
経済学では、たとえば企業の「収入」や「費用」のように一定期間(例えば1年)における取引の大きさを示すものを「フロー変数」と呼びます。これに対して、企業の「資産」や「負債」のように一時点における水準や残高を示したものを「ストック変数」といいます。
フロー変数とストック変数は、同じ会社の活動に関するものですから、当然別々のものではなく、「見方」が違うだけで互いに結びついています。ストックはフローの蓄積であり、フローはストックの変化分とみなすこともできます。

――お風呂の蛇口から流れ出ているお湯も、それがバスタブにたまっているお湯も同じお湯だけど、その状態というか、とらえ方が違う、みたいなことですか?

小黒 まあ、無理にたとえてみればそんなところでしょうか。
前者の視点では、収入と費用の差額である利益(フロー)はその時々の企業業績を表すのに対して、資産と負債の差額である純資産(ストック)はその歴史の蓄積を意味することになります。
これを消費税と住宅購入の場面に置いて考えると、理論的には、消費税はフローとしての消費に課税するものですから、住宅を購入した後、住むことに対する消費サービス(フロー)に課税するのが自然な姿であるはずです。  

■同じ家を買っても遅れると税金が倍に??

小黒 例えば、耐用年数が35年で3500万円の住宅を購入した場合、毎年の住宅消費は100万円(=3500÷35)と試算されますから、
消費税率が5%であれば毎年5万円(=100×0.05)の消費税を35年間支払い、
消費税率が10%であれば毎年10万円(=100×0.1)の消費税を35年間支払う方式となります。
これは、固定資産税のような住宅保有税や、帰属家賃に対する課税としての性質をもっているという考え方ですね。帰属家賃とは「持ち家の所有者が自分自身に家賃を払っていると想定した場合の家賃の額」をいい、この例では100万円の住宅消費が帰属家賃に相当します。

――35年かけて消費税を支払うことになれば駆け込み需要は起こりませんよね?

小黒 そうですね。現実には税務当局の利便性から、購入時の住宅価格(ストック)に課税を行い、全額を一括で支払う仕組みとなっています。
現状の、こうしたストック的な課税方式は、住宅消費に対する消費税収の前倒しといえます。
また、上記の事例では、消費税率が5%であれば一括で175万円(=3500×0.05)の消費税を支払い、消費税率が10%であれば一括で350万円(=100×0.1)の消費税を支払うことになります。消費税率が5%の段階で住宅を購入した者(以下「A氏」という)と、10%の段階で購入した者(以下「B氏」という)との間で、大きな税負担の格差を引き起こします。

――単純に考えて倍ですか! もとの値が張るだけに影響も大きいですね。

小黒 でも、課税方式をフロー的なものにすれば、税負担の格差は縮小する可能性があります。
上記の事例で、A氏が住宅を購入してから、2年目に消費増税(5%→10%)が実施され、3年目にB氏が住宅を購入するケースを考えてみましょう。〈br/〉 両氏が購入する住宅は全く同じで、耐用年数35年、価格は3500万円とします。
このとき、ストック的な課税方式では、A氏の税負担は175万円、B氏の税負担は350万円となり、その差は175万円もの格差となりますね。
同価格かつ同質の住宅を購入しているにもかかわらず、購入のタイミングが数年遅れるだけで、このような負担増が発生してしまう。これは、ある意味で、課税の公平性を損なう可能性があります。
でも、フロー的な課税方式では、A氏の税負担は345万円(=5万円×1年+10万円×34年)、B氏の税負担は350万円(=10万円×35年)となり、その差は5万円に縮小します。

――たしかにそのほうが公平ですね

小黒 さらに、フロー的な課税方式では、次のようなメリットもあります。
いま、上記の事例で、B氏が転勤のために住宅を売却し、同価格かつ同質の住宅を転居先で購入するケースを考えてみます。
転勤が住宅を購入してから10年目であった場合、その市場価値は2500万円(=3500万円-100万円×10年)と評価するのが妥当ですよね。そうすると、残りの耐用年数は25年(=35-10)となります。
これと同価格かつ同質の住宅(2500万円・耐用年数25年)を購入する場合、ストック的な課税方法では、新たに250万円(=2500×0.1)の消費税を支払うことになります。
つまり、最初の税負担350万円と合わせて、B氏の税負担の合計は600万円(=350+250)にもなってしまいます。

――うーん、それはちょっとイタいなあ……。

小黒 他方、フロー的な課税方式では、転居先の住宅消費は毎年100万円(=2500÷25)と試算され、それは転居前の住宅消費と同じです。このため、転居以前と以降でのB氏の税負担の合計は350万円(=100万円×10年+100万円×25年)であり、これは転居が無いケースの税負担と変わりませんね。
このように、フロー的な課税方式は、住宅購入のタイミングや、売却・再取得に中立的な側面をもつので、こちらのほうが妥当だと思うんですがね。住宅以外の、一般の耐久消費財と消費税の関係にも応用できます。

――次は8%から10%に上がると言われていますから、次の増税の際には耐久消費財はフローな課税方式になることを祈りつつ、頭金を貯めようかな!

小黒 今年の12月頃には10%への引き上げ判断も行われるでしょう。消費増税の駆け込み需要と反動減による腰折れを心配するのであれば、フロー的な課税方式の検討も進めてみてほしいものですね。

――――次回に続く

●本連載では、税金、年金、社会保障、財政にまつわる質問を募集しています。当サイト公式ツイッターアカウント @dilemmaplus あてに #zaiseiQ のハッシュタグをつけてツイートしてください。

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